ゴースト

GHOST.

出 版 社: 小峰書店

著     者: ジェイソン・レノルズ

翻 訳 者: ないとうふみこ

発 行 年: 2019年07月

ゴースト  紹介と感想>

強い怒りを内に秘めた少年は、外にも怒りを溢らしてしまいがちです。カッとして暴力を振るってしまった後、コントロール不能な自分をも怖れてしまう。戦うべき相手は自分自身か、それとも自分を追い込み続けるこの社会や環境なのか。こうした怒れる少年が主人公の物語をたくさん読んできましたが、おおよそ彼らには転機が訪れるものです。稀に取り返しがつかない方向に進んで行ってしまう子もいますが、大抵は新たなステージで活路を見いだします。そこに至るまでの葛藤こそが読ませる物語となるのです。本書はその黄金パターンが心地良いまでに極められた作品です。スラムに暮らし、理不尽な暴力に晒され、社会から疎外されていた貧しい少年が、秘められた能力に気づき、自分を見つめ直して、戸惑いながらも人生を肯定的に捉えられるようになっていく。なによりもそのプロセスで築かれていく他者との信頼関係が少年を支えていきます。よくあるストーリーなのですが、躍動感あふれる心情描写が清新しく、凡庸な物語に堕していません。言葉は悪いのですが、ベタだけれど非常に面白く、最初から最後まで駆け抜け抜けていく疾走感のあえる物語です。そして、誰もがこのラストシーンの10秒後の世界を見たいと思わされるはずです。是非、ご一緒に、ここで終わりかよ!と叫んで欲しいところです。

「体のなかに悲鳴がうずまいている」少年、キャッスル・クランショー。でも彼は自分のことをゴーストと呼んで欲しいと言います。酒を飲んで暴れ、自分と母親に銃を向け引鉄を引いた父親から必死に逃れた時、自分はどんな表情を浮かべていたのか。助けてもらった人に、ゴーストを見るような目で見られていた震える自分の姿。だからあえてゴーストと名乗る、複雑な心理。それは自虐なのか克己心なのか。父親は刑務所に入れられ、母親は自分のために必死で働いてくれるものの、スラムと呼ばれるグラスマナーでの貧しい暮らしは、ゴーストを怒りと悲しみを抱えた子にしていきました。父親に追われた日にかくまってくれたチャールズさんの店で、ヒマワリの種を買って食べることだけが楽しみのゴースト。ふいにわき上がった怒りから陸上チームを挑発しようと俊足を見せたことで、逆にチームのコーチからスカウトされることになります。陸上の楽しさを知っていくゴーストでしたが、何分にも行動原理に問題児としてのバイアスがかかっているため、色々な問題を引き起こしてしまいます。彼が過去のトラウマを克服し、自分を肯定できるようになるには、更にいくつものトラブルを越えなければなりません。周囲とぶつかり合いながらも人との関係を築いていく、ゴーストの心の機微が見どころです。

ゴーストをスカウトしたコーチとの関係性が魅せてくれます。かつて金メダリストだったらしい彼は、普段はタクシー運転手で生計を立て、陸上チーム、ディフェンダースのコーチをしています。往々にしてスポーツのコーチは人生のコーチにもなり得ます。ゴーストの問題行動に手を焼き、厳しく接しながらも、コーチはゴーストが抱えている心の苦衷を理解し、手を差し伸べていきます。無論、コーチもまた辛い過去を克服してきた心の痛みがわかる人なのです。特に良い場面なのがコーチがチームの皆んなに、それぞれの秘密を打ち明けさせる中華料理店の場面で、ここからチームの心が一つになっていきます。自分育った環境や巡り合わせを恨み、屈折して希望を抱けなかった少年が、コーチや仲間によって救われる。心が通いあう、なんともいえない瞬間が訪れます。ゴーストがいつもヒマワリの種を買う店のチャールズさんもまた味のある人物で、やはりゴーストのことを気にかけてくれています。ゴーストはヒマワリの種をパワーの源だと思っているけれど、本当はチャールズさんにパワーをもらっていたのだと思うのです。ディフェンダースのユニフォームをもらったゴーストが喜び勇んでチャールズさんに見せに行くところとか、いちいち嬉しくなってしまう場面です。ダークに始まった物語は、多幸感に溢れた明るい結末を導いていきます。ちゃんと救われる、救いようのあるお話です。そうでなくてはと思います。ゴーストが短慮でバカなことも沢山しでかすのだけれど、根は純心な愛すべき少年であって、彼が幸福になることを願わないではいられず、彼の悦びに自分もまた嬉しくなる。そんな心地良い読書の効用がある作品です。