夜はライオン

出 版 社: 偕成社

著     者: 長薗安浩

発 行 年: 2013年07月

夜はライオン  紹介と感想>

「少年詩」の系譜について話をするとなると、まず北原白秋の『思ひ出』などの抒情詩のエッセンスについて語りたくなるのですが、少年が「健全」だけではいられなくなって、人に言えない秘密を隠し持った隠微さを漂わせていくあたりがツボかなと思っています。詩でも小説でも、そんな、ややアレな少年感覚を男性作家が描かれるのが好きで、本書にも多少、そんな「匂い」を感じています。ただ本書はむしろ「臭い」の話であって、少年の抱えた秘密も「夜尿症」となると、いささかコミカルになってしまいます。だって「おねしょ」ですから。いや、本人にはまったく笑いごとではなく、この秘密が他人にバレないように細心の注意を払っているのです。もうすぐ小学六年生の修学旅行がやってくるし、そこで失態を演じることを考えると頭を抱えたくなる。「夜尿症」と闘う悩める少年の昼と夜を描く、どこか不思議なサムシングのある物語です。本来、少年は色々な物思いにとらわるものです。学校や友だちとの関係や、将来の自分の進路についても悩むことはあるはずです。この物語は「夜尿症」対策に心を囚われてしまって、それどころではない少年の独自の世界観を眺める不思議な感覚に満ちています。「夜尿症」に心悩ます日々という制約のおかげで、どこか浮世離れした少年像が描かれ、そこに惹かれてしまうのです。

六年生になったら児童会長になり、野球チームでもエースでキャプテンを任される、非常に優れた少年であるマサ。彼が心を悩ませていたのは、眠っている間に放尿してしまう癖があること。所謂、夜尿症です。トレンチコートを着て中日ドラゴンズの帽子を被った男に追い詰められ、崖から突き落とされる夢を見ると、かならず、おねしょをしてしまうマサは、男を追い払うためにライオンの絵を描いて飾っていましたが一向に効果はありません。家族以外にこの秘密が知られることを、マサはとても恐れています。六年生の五月の修学旅行までに、この状態をなんとかしなければならないマサは、図書館で読んだ夜尿症の本を参考に対策を立てます。九時以降は水分を取らないこと。膀胱を鍛えて、大きくすること。そして究極的には、夜、寝ないこと、という結論に行き着きます。缶コーヒーを飲んで眠らないようにすることで、修学旅行をやり過ごせないか。涙ぐましい努力を重ねているマサと、優秀な少年である彼に対する周囲の人たちの態度のギャップが、不思議な物語空間を作り出していきます。

ユニークな登場人物だなと思うのが、東京からの転校生の環という少年です。東日本大震災からの原発事故の影響の放射能汚染を避けるために、東京から引越してきた少年は、高いエリート意識を持っています。地方都市の凡庸な小学生たちとは一線を画す彼は、ナチュラルに傲慢で、やや高踏的な態度をとっています。「避難する側ではなく、的確に指示して避難させる側になりたい」という意識やプライドを持つ彼は、優秀な少年であるマサに興味を持ちます。エリート同士としての共感を寄せたい環ですが、マサ の心は夜尿症対策にとらわれていて、人のことには構っていられないので、環からしてみると、素気無くスルーされているような感覚になります。一方で、マサの自意識も鋭敏で、夜尿症に悩むだけではなく、夜尿症に悩まされている自分の存在について考え始めたり、野球チームの監督の指導法に疑問を持ったりと、形而上の問題を意識する前夜の大人になっていくメンタルの成長が描かれています。女の子が登場しない少年空間であることも良くって、できればマサには、女の子のことなんて当面、意識して欲しくないところです。それにしても、なんだかモヤっとした作品で、読み終えてもモヤモヤします。再読するぐらい魅力を感じていたのですが、どこが自分にとって良かったのか、 まとめてみました。やっぱり、モヤモヤするなあ。