出 版 社: 岩崎書店 著 者: 斎藤隆介 発 行 年: 1977年12月 |
< 天の赤馬 紹介と感想>
江戸時代。イワナ釣りに夢中になって、川を遡り、入ることを戒められた禁令の高札を無視して、その先の大滝の上にまで行ってしまった少年、源。滝壺で大きなイワナを釣り上げて大喜びをしたものの、気がつけばそこは「赤馬」が現れ、それを見たものは必ず死ぬ、という言い伝えがある場所、赤馬山でした。現れた役人にご禁制の場所にいることを咎められた源は、からくも逃げだしますが、そこで空に浮かぶ赤馬を目撃してしまうのです。死を予感し恐怖心にかられながらも、怖い目にあうと怖いものの「元」を見たくなり、その「わけ」を知りたくなってしまうのが源の好奇心。赤馬の行方を確かめようと山中を彷徨ううちに、今度は手鎖、足鎖をつけられた瀕死の男に出会い、その男の末期に、家に届けてくれと「光る小さなもの」を託されたり、また多くの男たちが足鎖をつけられ、腰紐で数珠つなぎにされ侍に酷使されている姿を見てしまいます。ここで何か恐ろしいことが起きている。源は次第にそれを確信していきますが、まずはここから逃げのびないとならないわけです。次第に明らかになっていく、この山に隠された秘密。天の赤馬の正体は一体なんなのか。ファンタジーでも、胸踊る冒険でもない、生き抜くための懸命な闘いが始まります。
過酷なお話です。江戸時代の東北地方の寒村の庶民の暮らしとなれば、貧しさやひもじさは想像に難くないところで、さらに飢饉の上に厳しく年貢が取り立てられるなど、藩による圧政が行われていました。源が魚釣りに精を出しているのも遊びではなく、母と二人暮らしの食料を確保するためです。そんな源が赤馬山で知ってしまったのは、藩が江戸幕府には秘密裏に採掘していた隠し銀山の存在です。藩は誰にも知られないように人々を閉じ込めて、山の中で酷使し、赤馬の噂を流布して人を近づけなようにしていたのです。銀山の労働者たちに助けられた源は、かつて百姓一揆を主謀して捕らえられて、ここで働かされている男たちのリーダーの伝吉から、難しい依頼を受けます。銀山の労働者たちは遠からず蜂起しようと計画を立てていました。しかし、自分たちが立っただけではすぐに鎮圧されてしまう。それでも村の人々と同時に立ち上がったなら、勝てる可能性はある。源はこの連盟の橋渡しを託されました。果たして源は村の人々を説得して、銀山の人々と一緒に闘ってもらうことはできるのか。村に戻った源は何事もなかったふりをして振る舞い、機を伺いますが、その秘密はじきに明らかになり、自分にも母にも危険が迫ります。一方で人々を弾圧する藩の圧政への怒りは村でも爆発しようしていました。「社会変革」の中で、無邪気な少年であった源が勇気を振り絞り、「自己変革」を迎える、そんな革命の季節がここに始まります。
キャラクターたちがとても魅力的です。源も憧れを抱くようになる銀山の労働者の沈着で賢明なリーダーである伝吉や、かつて酒乱の侍を諌めて斬ってしまったために捕らえられた血気にはやる茂作など、これからの闘いに挑もうとする男たちの熱さ。村で源の相談に乗ってくれる九郎助爺さまや幼馴染みの、きよの。危機的な状況の中で仲間を案じ守りたいと思う源のいじらしさと勇気など、待った無しで進んでいく状況の緊迫感とあいまって、少年の物語は進んでいきます。大人たちにもそれぞれ思惑はあります。隠し銀山の存在は、藩の悪行を江戸幕府に訴え出ることのできるカードともなります。そのカードを使えば、年貢の引き下げを交渉することもできるわけです。山と村が一枚岩となって藩に抵抗することができるのか。また一揆が成功したとしても事後処理の問題もあります。大人たちの間を行き来しながら、源もまたこの戦いの渦中に呑み込まれていきます。藩の役人たちに源が捕らわれて、仲間たちと一緒に処刑のため刑場に連れられていく場面には戦慄します。同じく斎藤隆介さんの『ベロ出しチョンマ』のトラウマが、ここでよみがえってくるわけです。物語はどんな帰結を迎えるのか。最後まで目が離せません。表現の見事さにあらためて耽溺しました。滝平二郎さんの絵とのハーモニーもまた。『ゆき』もまた読み返したくなりました。