出 版 社: 小峰書店 著 者: アンジェラ・ジョンソン 翻 訳 者: 冨永星 発 行 年: 2006年05月 |
< 天使のすむ町 紹介と感想 >
真実を受け入れることは、辛い、だけなのか。たとえば、おじさんだと思っていた人が本当のお父さんで、お母さんは自分がものごころつく前に事故で死んでいて、今の両親は、育てられなくなった自分を託されていたという重い真実だったとしたら。出生の秘密を伝えられる適齢期、なんてものがあるかどうかわからない。機が熟したと判断されたその時が、当事者にとって、本当に最適なタイミングだったかどうかなんてわかるはずもない。今の両親から告げられた衝撃の告白は、十四歳の女の子、マーリーにとって、早すぎたのかも知れないし、遅すぎたのかも知れない。マーリーは、ひどくうろたえてしまう。真実は真実。偽られたままよりはいい。それは受け入れなければならないこと。でも、そのことが、今まで自分に隠されていたのは、許せない。私は、嘘をつかれていたのか。表面的な怒りは、今の両親に向かうけれど、本当は自分の本質を見失ってしまったことが、悲しかった。マーリーは深く傷ついてしまう。アメリカ中を、ボーイという名の犬を連れて放浪しているジャックおじさんとは、手紙でしか話をしたことがない。いつも愉快な手紙をくれるジャックおじさんは、お父さんの双子の兄弟だというけれど、会った記憶はない。そのおじさんが、本当のお父さんだなんて。十四年間、何も知らされずにいて、何故、今になって、そんな真実を語るんだよ。深い、深い悲しみの傷。その日から、マーリーの世界は色を失ってしまう。
オハイオ州の天国(ヘヴン)という町に暮らしているマーリーは、ある日、両親から、自分が本当の子どもではないことを伝えられます。お母さんとそっくりの手をしていても、他人の空似。血はつながっていなかったんだ・・・。私を産んでくれた人は、どんな人だったんだろう。どうして、本当のお父さんは、私を育ててくれなかったんだろう。独りでも子どもを育てている男の人だっているのに。突然、壊れてしまったマーリーの心の中。自分を産んでくれた人のことを知らない。自分がここに立っていることに、自信が持てない。どうしたらいい、どうしたら。マーリーの心の迷走は続きます。動転してしまった気持ち。自分が望んでもいないところにつれさられてしまう感覚。記憶の奥底に眠っていた光景が意味を持ちはじめる。泣けるようになるまでに二週間かかった。そう、衝撃で心が震えている間は、泣くことすらできないのかも知れません。マーリーが立ちなおるには、悩み、考える多くの時間が必要なのです。一足飛びではない、ゆるやかな時間の移ろいの中でこそ、とげられる心の成長を、マーリーを心配している人たちと一緒に、この物語は見守らせてくれるのです。
いまどき、このようなストレートなテーマのみで物語が書かれるんだ、という驚きもありましたが、とても良い作品に仕上がっています。田舎町、天国(ヘヴン)の情景や、この町の人々の様子がゆっくりと描かれていって、そんな中で、のびやかな感受性をひらめかせて、元気に暮らしているマーリーの個性が愛しく思えます。マーリーの友だちや、周囲の大人たちもとてもユニーク。自分の家族が大好きで、素直に愛してやまなかった十四歳のまっすぐな心が、やがて受け入れなければならない、真実の重み。しみとおっていく痛みと悲しみを感じながら、それでも、愛するということはどういうことなのかを考えていく。マーリーの心の中で、たくさんの思惑や葛藤が渦をまいていきます。やりきれないぺちゃんこの気分。でも、人生の次の扉を開ける日は必ずやってくる。色を失った世界が、もう一度、色彩をとりもどす。真実を、ゆっくり咀嚼しながら、心が消化できるようにする。物語は、急転することもなく、ただマーリーが、色々な気持ちを解きほぐし再構築し、なんとか受け入れていく姿を、友だちとの会話や日常の営みを描きながら丁寧にゆっくりと追っていきます。物語の最後に、マーリーは、心の迷路から抜け出し、永い冒険を終えて帰還します。大好きな人たちを、やっぱり大好きだったんだと思えるようになる。ただそれだけのことが、とても大切な宝物なのだと知ることになるのです。悩み考え抜いた人間にとって、時間というものがどんなに優しい存在であるのか、静かに感じさせてくれる一冊です。