太郎の窓

出 版 社: 汐文社

著     者: 中島信子

発 行 年: 2020年12月

太郎の窓  紹介と感想>

自分の身体の性別と心の性別が違っていて、違和感があるトランスジェンダーの子どもを主人公にした物語です。海外作品では、近年よく取り上げられている題材ですが、国内児童文学作品としてはまだかなり挑戦的な作品だと感じる現在(2021年)です。コミックだと三十年以上も前に大島弓子さんの『つるばるつるばら』のような作品もありましたが、エンタメと両立させることが難しい題材だと思います。主人公の太郎は小学一年生。お父さんが男らしくなるようにと願いを込めてつけたこの名前が嫌いです。学生時代から剣道に打ち込み、警察官を勤めるお父さんは、男らしく強くあることに価値を置いており、太郎にもそれを求めます。ミニカーやラジコンなどの男の子が好きそうなオモチャを買ってくれますが、太郎が欲しいと願ったのは、子グマのぬいぐるみでした。お父さんに見つかったら、怒ってバラバラにされて捨てられてしまうため、お祖母さんに買ってもらったぬいぐるみを太郎は見つからないようにと隠し続けます。太郎が両親にひみつにしていたのは、ぬいぐるみだけではなく、自分が女の子なのだと感じている「本当の気持ち」でした。黒いランドセルは好きではないし、水色のワンピースも着てみたかったのです。ひみつの心を抱えたまま中学生になった太郎に、唯一の理解者である祖母が「太郎という部屋の窓を開けられるのは太郎だけ」だと励まします。窓を閉じて生きていくことも人は選択できます。武骨な父親の頑なさは、とても氷解するものとは思えず、太郎が窓を開く日は遠いと思えるのですが、同じ境遇の子どもたちにも、挫けない気持ちを鼓舞する作品だと思います。少なくとも、そうした気持ちを持った自分でいることを肯定してくれる作品です。孤独な闘いを続ける子どもにとって、この本が担う役割は大きいと感じます。無自覚なモラハラの人の手に負えなさも考えさせられますね。悪い人ではないだけに、御し難いものです。