出 版 社: 冨山房 著 者: ジョーン・エイキン 翻 訳 者: こだまともこ 発 行 年: 2010年03月 |
< 少女イス地下の国へ 紹介と感想 >
ロンドンから沢山の子どもたちがいなくなっている。まるでハーメルンの笛吹き男のような怪事件。一体、子どもたちはどこに消えたのか。行方不明になった、いとこのアランを探しにロンドンに出てきた少女イスは、英国の王子もこの事件にまきこまれていることを知ります。王様の命も受けて、捜査を開始したイス。やがて彼女は、子どもたちが言葉たくみにだまされて「遊びの国」行きの特急列車に乗せられていることを聞きつけます。危険な追跡調査に乗り出したイスは秘密の列車にしのびこみ、危機一髪、難を逃れながら、北の国、ハンバーランド王国にたどり着きます。そこは、英国から勝手に独立をはかろうとする黄金王という人物が支配する場所だったのです。連れてこられた子どもたちは「遊びの国」で遊ばせてもらえるどころか、ハンバーランドの富国強兵のために地下の炭鉱や鉄鋼所で休みなく強制労働をさせられていました。さて、イスはどうやって、この世界からアランと王子を探し出し、そして、子どもたちを救いだすのでしょうか。ユーモアいっぱいの胸躍る冒険の物語が始まります。
歴史がちょっと事実と違う、百年以上前の架空の英国を舞台にしたジョーン・エイキンの『ウィロビー・チェースのおおかみ』から始まる(ダイドー)シリーズの中の一作です(それぞれ主人公が代わっていく独立した長編シリーズになっていて、原作の順番では、本書が第七作目になるようです)。このシリーズの中心的存在である少女ダイドーの妹のイスが本篇では主人公となっています。イスの父親であるアベデネゴー・トワイトは前作の終わりに死んでいるのですが、彼が実にユニークな人物で本作にも影を落としています。彼は死んでも娘たちに全然、惜しまれないというひどいキャラクターなんですね。テロリスト兼音楽家で、人を感動させるほどの作曲の才能があって、この物語の中でも、アベデネゴーの作った曲が、町の色々なところで歌われており、時折、イスに父親を思い起こさせる契機になっています。そんな一風変わったユーモアやペーソスがあるのが、このシリーズの楽しさ。今回、イスがたどりついたハーバード王国を統治する黄金王とは、なんとイスのおじであるロイ・トワイトでした。彼がまた、ひどい人物なのです。姉のダイドーが父親と対立したように、妹のイスもまた、このおじと闘うことになります。血縁同士で善悪が分かれる構図も思い切っていますね。ともあれ、王国の独裁者に挑む少女イスの活躍が楽しめる作品です。
ユーモラスでありながら、とても残酷な描写な事件が多いシリーズです。人間がやたらとオオカミに殺されるし、悲惨な死は、そこかしこに転がっています。そして、悪い大人が実に悪い。今回の物語もわりと陰惨で、子どもたちも、沢山、酷い目にあわされています。ロンドンから連れてこられた子どもたちの、休みなく続く奴隷労働の悲惨さ。これは産業革命下の英国で、子どもたちが労働力として実際に使役されていたことの写し絵になっています。危険な作業環境で頻発する事故、そして怪我をした子どもは使い捨てられていく。潜入調査を行うイスは、いとこのアランと王子の足跡を追いながら、この過酷な世界の中で、王子が子どもたちに示した勇気と思いやり、そして希望を知るのです。紆余曲折あり、思わぬ展開によって、この国自体が崩壊の危機を迎えます。登場人物の一人がこぼした「何人かは救えるかも知れない」という言葉が印象的でした。もはや、全員は救えないことが前提なのです。実際、随分と死んでしまうんだよなあ。それでも、そんな過酷で陰惨な世界だからこそ、希望が輝くこともある。子ども向けに配慮して「残酷」を手控えてしまいがちな昨今ですが、それに目を背けない勇気もまた伝えていく必要はあるかなと思います。