文通小説

出 版 社: 講談社

著     者: 眞島めいり

発 行 年: 2023年05月

文通小説  紹介と感想>

仕事の関係で、雑誌「薔薇族」の伊藤文学編集長と親しくさせていただいていたことがありました。奥様からも、薔薇族の文通コーナーを取り次いでいた頃のお話を伺えたのは幸甚でした。どんな雑誌にも文通コーナーという読者同士で交流できる場所があったことは、今から思うと個人情報フリーすぎて驚くものですが、文通、という響きにはネットでの交流にはない床しさがありますね。男性同性愛者を示す「薔薇族」の対義語として、伊藤編集長が作られた女性同性愛者を示す「百合族」という言葉から派生した「百合」も、今やカジュアルに使われ、百合モノや百合小説が文学ジャンルを表すまでに発展したことも感慨深いです。伊藤編集長は筆まめな方で良くお手紙をいただきました。あの天才的な文章を自分だけが読める光栄と、薔薇のシールで封印されたお手紙に莞爾とさせられた記憶があります。さて、そんな前置きで書き始めたのは連想の妙というものです。本書を語る上でのキーワードは「文通」です。そして「百合」の気配がほのかに感じられるところに、本書の危うさと魅力があります。タイトル通り、中学三年生の女子同士の文通を描く「文通小説」ですが、視点は双方向ではなく、主人公である、ちさと側からのみであることに、文通の天国と地獄である、返信を待つ気持ちの物狂おしさが発揮させられます。文通相手からの手紙に一喜一憂する姿。SNS全盛の現代(2023年)であっても、昔ながらの文通小説と変わらず、相手に想いを募らせていくエスカレートぶりは見ていて微笑ましく、そして心配してしまうのです。思春期の情操の抜群の不安定感と繊細な気持ちの綾を繫ぎとめたスナップショット。作者の素晴らしい筆致が紡ぎ出す、人が人に想いを寄せる気持ちのあわいに浮かぶもの。この文学の精華を、是非、目一杯に堪能してもらいたい、読書の愉悦がここにあります。 

中学二年生の登校最終日に、友人の貴緒(きお)から突然、ちさとが告げられたのは、引越しをするという言葉でした。それは貴緒が転校してしまうということだと、ちさとが理解するのに時間がかかったのは、貴緒と離ればなれになることを全く想定していなかったからです。中学校で親友になった二人は、これで同じ高校に進むことはなくなくなり、将来は別の道へと分かれていくことになります。戸惑い、混乱する、ちさとに貴緒が持ちかけたのは、文通しようという提案でした。LINEではなく、あえて手紙を送りあおうと言うのです。自分を忘れられたくない、そう想う、ちさとは毎日でも手紙を送りたい気持ちでしたが、貴緒からの返事を待たなくてはなりません。絵が得意な貴緒はいつも時間をかけて絵を描いて送ってくれるものの、寄せられた言葉は少なく、貴緒は暗記するほど読んでは、すぐに返信を送り、また返事が来ない時間に不安を募らせるのです。中学三年生となり、進路について本格的に考えなければならない時期になっています。両親の進路への考えに違和感を持ち始めていた、ちさとは、貴緒と相談したいと思っていました。高校は無理でも貴緒と同じ大学に進みたい。また、貴緒が送ってくれた絵に何も言葉が書かれていなかったことが、ちさとは気になっていました。もしかしたら貴緒には、自分よりも親しい友だちができたのではないか。不安に駆られた、ちさとは、意を決して、貴緒が住む町を訪ねることにします。貴緒は歓んで歓迎してくれたものの、ちさとは、新しい環境で楽しく暮らしている貴緒の様子に嫉妬めく感情を抱きます。貴緒にもまた複雑な事情があることに思いいたらない、ちさとが、二人の関係性を捉え直していくのにはまだ時間を要します。自分の貴緒への想いの強さに応えてもらえない不満は、やがて、ちさとを暴走させることになります。そんな、ちさとを静かに見守る貴緒の想いを、読者はこの物語の余白に見出せるはずです。ちさとの心がたどり着く場所に深く感じ入る結末待っています。

初見では、ちさとの貴緒への想いの強さと、その得恋めいた心の慄きに強い衝撃を受けました。嫉妬めいた気持ちを、ちさとが貴緒に抱くのも、強い愛着があるゆえです。やがて、貴緒の事情を知った、ちさとが、自分に見えていなかったものに気づき、自分の至らなさを思う心映えの切なさも実に甘美です。いつもその手を握りしめていたら、未来は変わったのではないか。ちさともまた気づいていたのです。貴緒の心が自分から離れていくことにうろたえて、酷く貴緒を罵ってしまったことに苛まれる後悔の苦さ。オーバーヒートしていく、ちさとは貴緒の心情を思いやることができなかった自分をわかっていながら、なす術もないのです。この狂態は、まさに恋愛の一人相撲ではあるのですが、友人関係でも起こることであって、そんな未分化で模糊とした思慕の念こそYA文学の醍醐味であろうと思います。それがなんとも情感豊かに描き出される表現の秀逸さ。またここに大昔の少女小説に描かれた思慕の念や、日本文学の抒情性など、文学趣味が香ることも魅力的です。多少、冷静に再読しながら考えたのは、ちさとの貴緒への想いは、やや病的な「依存」であって、これが次第に進んでいくあたり、メンタルバランスの崩れが感じられます。受験生としての不安感も相まって、自分への自信も喪失しがちな状況で、離れていることで、より貴緒への依存心が増幅されていくあたりを、ひとつの症例として見てしまうのです。美しいロマンスであり、重篤な依存症例でもあり、新しいステージへとステップを踏み出す成長物語でもあります。貴緒が描いてくれた名前のわからない花の絵。その花の名前を貴緒に問われ、調べ続ける、ちさとは、大学図書館にも通い、新しい世界を発見していきます。結局、花の名はムクゲであって、「百合」ではないのですが、「あの日見た花の名前」をいつか思い出す、そんな追憶めく感傷を、リアルタイムの物語で進行させる眞島めいりさんの筆致に、ただただ茫然とさせられます。ちなみに、この本の装画では、ちさとと貴緒とおぼしき女の子二人が向かいあっています。多くの文通物語の装画では、文通している二人はおおよそ別の方向を見ています。別の方向を見ながらも心が通じ合っていることが常套で、そのパターンから言えば、本書の帰結はここに折り込み済だった気もするのです。いや、もうひとつ先のステージを描くものであったかも知れません。