出 版 社: 東京創元社 著 者: アン・マキャフリイ マーセデス・ラッキー 翻 訳 者: 赤尾秀子 発 行 年: 1994年11月 |
< 旅立つ船 紹介と感想 >
遥か未来。考古学者の両親を持つ七歳の少女、ティアは、両親の働く遺跡発掘現場の星で未知の伝染病に感染します。生命はとりとめたものの、全身の運動麻痺を伴うその病状のために、身体の自由を完全に奪われてしまいます。治療法はなく、生命維持装置と機械の介助を受けながら、一生外に出られず、隔離された部屋の中に閉じこもったまま過ごさねばならない運命が約束されてしまったティア。まだなにもはじまっていないのに終わってしまった人生。豊かな感受性を持ち、大人も舌を巻くような聡明さを発揮する、この優れた頭脳を持った利発は少女は、自分の暗澹たる未来に絶望するものの、まだ、そこには一筋の希望が残されていました。「殻人(シェル・パーソン)」プログラム。科学技術が発達したこの未来社会では、先天的異常や事故により身体の機能の大半を失い「安楽死」を選ぶしかない子どもたちの脳を、別の「容器」に移管し、機械との神経接続を行い、社会において通常の人間以上の役割を果たすことのできる「頭脳(ブレイン)」として生き延びさせる方法が確立していたのです。ティアは迷わず「殻人」としての道を選択します。身体を失いながらも、高度な教育を受け、成長したティアは、やがて宇宙船に接続、搭載されます。ティアの意のままに動き、全宇宙を自在に飛び回る船。宇宙船の身体と少女の心を持った「頭脳船(ブレイン・シップ)」を主人公にした、『歌う船』シリーズの第二巻です。
SF作品ですが、興味深いのは「職場の人間関係」です。「頭脳船」は概して、その身体改造費用として莫大なローンを背負い、返済に追われています。このため、雇われ人として宇宙航行を行い、各種の冒険的な任務をこなすこととなります。船の各種機能を操り、通信を行い、データベースを走査し、膨大な情報を参照、処理できる明晰さを持ちながらも、人間的な身体動作を行うことができない「頭脳」。このため「頭脳船」は、その機能を補完する「筋肉(プローン)」と呼ばれる、通常の身体機能を持つ人間の乗務員を一名、採用しなければなりません。両者はパートナーシップで結ばれ、船は「頭脳」と乗務員の両者の頭文字を一文字ずつとって命名されます。お互いを尊重しあえなければ上手くいかない間柄。ソリが合わずに、「頭脳」が乗務員を解雇することも良くあることなのです。ティアは悩みます。待ち受ける各種の困難と戦い、孤独な宇宙航行を二人で乗り切っていける最適なパートナーとして、どのような人物を採用すべきか。理知的で、それでいて感情豊かな女の子であるティア。その採用面接は、会社の「それ」と同じく、彼女の厳しい人選眼が発揮されました。一体、ティアの感受性は、どんな乗務員を選んだのか。果たして、お決まりのパターンだとは思うのですが、居並ぶエリートたちを差し置いて、「型破り」で「風変わり」な青年が採用されます。青年の名はアレックス(アレクサンダー)。アレクサンドリアの司書の名をとり命名されたティア(ヒュパティア) にはお似合いの名前を持つ青年。二人の任務と冒険の日々は、こうして幕をあけます。
しかしながら、歴史や考古学に興味を持つアレックスと、考古学者を両親に持つティアが「共感」を育てていく様子は、ちょっとアレなのです。二人に同僚の域を越えた得恋の予感が芽生える可能性は高く、かなりマズイ感じがするのです。しかもティアは自分が罹病した遺跡発掘現場の星の未知の病原体の謎を突き止めようという密かな思いがあり、それを胸に抱いていたりするものだから、まま、こうした秘密めいた決意を隠しもった女子に惹かれる男子、という構図もありがち。とはいえ、ティアは人間の身体を持たない、船に設置された「柱」なのです。通常の人間にとっては、「音声」だけの存在でしかないティア。だから、難しいのです。色々と。それでも会話を通じて、互いの理解は進むし、任務での危機的状況を二人で乗り越えるたび、心は結ばれていきます。このシリーズ、パートナーシップについて考えたり、ジェンダーの観点からも読み解かれているのだろうと思います。また本編は、恋愛における「心」と「身体」の関係もテーマとして見い出せます。愛は「身体器官」に向かわず、どこに向かうのか・・・。いや、そんな論点を考えなくても、物語として面白いし、ティアとアレックス、二人の活き活きとした会話を「見ている」だけでも楽しく、そして切ないのです。お互いに想いを募らせているのに、「好き」だとは、どうしても言えない。そんな奥ゆかしく、もどかしい、絶妙の恋愛小説を、是非、ご堪能ください。シリーズ第一巻『歌う船』の主人公、ヘルヴァも音楽と文学を愛する素敵な「頭脳(ブレイン)」でしたが、本編の主人公、ティアもまた考え深く、魅力的な「頭脳(ブレイン)」です。物語のはじめには、この子を、ちょっと小生意気な奴、と思ったのですが、だんだんと好きになってしまったのは、アレックスと同じ道程かも知れません。