エヴリデイ

every day.

出 版 社: 小峰書店

著     者: デイヴィッド・レヴィサン

翻 訳 者: 三辺律子

発 行 年: 2018年09月


エヴリデイ 紹介と感想 >
こうして本の紹介を書いていても、やはり、書いている人間が誰なのかということを抜きにして読んでもらうのは難しいのではないかと思っています。少なからず、気にはかかるだろうし、書いていることの信憑性も書き手次第ではないのかと。できれば、文章の閃きだけで感じとってもらえると良いのですが、そんな力はないわけで。無論「中の人」はいます。それを意識させずに、文章だけを純粋に見てもらうことは、難しいことなのか。いや、実際、匿名の言葉が人の心を動かすこともあるわけで、自分には説得力のある文章を書けないことの言い訳なのかも知れません。修業が必要です。さて、この物語の主人公は「誰でもない人」です。毎朝、違う人の身体で目覚めて、一日を過ごし、翌日はまた別の人の身体にいる。そんな「意志」だけの存在なのです。すごい設定です。物心がついた頃からずっとそれを繰り返しているという不可思議な存在である主人公。意志や感性、ただそれだけの人です。主人公が「宿主」と呼ぶ、身体の持ち主は、主人公と同じ年齢で十六歳です。主人公との一日の共存を宿主は憶えてはいません。誰でもない主人公にも自我はありますが、何も所有することもできず、本当の自分を他人に認識してもらうこともできず、ただ記憶だけを積み重ねています。人との関わりは、翌日には消えてしまう。唯一、主人公が持っているものは、どこからでもログインできるメールのアカウントだけ。ただ、人間としての実体がないアカウントだけの存在が、どうやって人と関われるのか。それでも、人に憑依して存在してきた主人公は「自分自身として」人と関わりたいと思ってしまうのです。動機は、ある人を好きになってしまったから。ここから切ない物語が始まります。プロフィールを持たないアカウント。誰でもない主人公は、誰でもなかったのか。最高に面白い奇想の作品であり、胸が痛くなるような、心に響く恋の物語です。

主人公の人生の5994日目に転機が訪れます。主人公が身体を借りる宿主は性別も人種も容姿もその時次第ですが、それぞれ普通の人たちです。共通するのは、主人公と同い年であることと、その日の最後の居場所から、そう遠くない場所に住んでいること。時には同じ学校の同級生を渡り歩くこともあるし、双子のそれぞれに宿ることもあります。宿主の記憶にアクセスできるので、一日なら上手くやり過ごせる。主人公はこうした立場にいながら、わりと「いい人」なので、その一日を宿主に「迷惑がかからない」ように、無難に過ごそうとしています。ところが宿主自体が、冷たく意地悪な人間の場合もあったり、普段とはイメージの違うことをしてしまう危険もあります。そして、宿主のそばにいる人に、つい思いを寄せてしまい、本当の自分を知ってもらいたくなってしまう、なんて危険もまた。主人公がどうしても関わりたくなったのは、同じ十六歳の少女、リアノン。彼女は、ある日の宿主の恋人でした。ただその関係がうまくいっているとは主人公には思えません。彼女に気持ちをひかれてしまった主人公は、どうにかして自分の存在を彼女に伝えたい思います。毎日、違う容姿の人間の姿を借りている主人公は、どうやって自分の存在を彼女に信じてもらうのか。そして、実体のない自分を愛してもらうにはどうしたらいいのか。ここから、切ない苦闘が始まるのです。

考えさせられるところが非常に多い物語です。主人公は女性であるリアノンを好きになりますが、自分自身には性別はなく、男性でも女性でもあるのです。性別を起点にして人を好きになっているわけではありません。醜い外見になる日もあれば、美しく魅力的な外見の日もある。だから、主人公は人間の容姿などどうでもよいのです。他人からどう見られるかで人間は自分の存在を規定しがちですが、主人公にとってはささいなことです。ジェンダーはあらかじめフリーであり、外見も借り物。人間の主体性とはと、突き詰めて行く時、何をもって、その人自身なのだろうかと思います。承認願望が強い人間は揶揄されがちな昨今ですが、人に承認してもらう自分の主体性がそもそも存在しない、となるとどうなるか。いや、主人公は確かに存在しているのです。主人公はリアノンの魅力を、彼女の中に見出しています。その気持ちこそが、唯一の存在証明のようにも思えます。誰かを大切に思う時、生じる心の波動こそが人間の主体ではないのかと。それは、身体を媒介にしない純粋な想いなのです。本に思いを寄せるレビューもまた、そうであれたらいいのに。純粋な気持ちが、姿を保って居られれば良いのだけれど。ところが生身の人間は、実体がないままではいられず、苦悩するのです。SF作品ですが、アン・マキャフリイの『歌う船』シリーズの一冊、『旅立つ船』が僕はとても好きです。これもまた人間の身体を持たない「意志」に恋をするお話です。あの物語は素敵なハッピーエンドを迎えることができましたが、この物語は、より複雑な隘路に入り込んでいきます。この悩み方や結論には、擦れっからしではない、実に十六歳の生真面目さであって、その切なさが、なんとも沁みるところなのです。ファンタジーでも、SFでもない結末に驚かされる物語です。