星を見あげたふたりの夏

A HANDEFUL OF STARS.

出 版 社: あかね書房

著     者: シンシア・ロード

翻 訳 者: 吉井千代子

発 行 年: 2018年08月


星を見あげたふたりの夏  紹介と感想 >
この物語の主人公は臆病です。それが、あまり良い言い方ではないとすれば、非常に慎重な性格、なのです。臆病であることだって悪いことではないのですが、保守的で変化を好まない気質は、チャンスを逃しがちだとも言えます。勇気を振り絞って挑戦することが人生には必要です。とはいえ、人それぞれ心理的なバイアスがあるものです。一方で自分が慎重に行動しているのに、友人たちは大胆なアクションを起こして、それで成功を収めているとなると複雑な気持ちも芽生えます。このモヤモヤ感。どうして主人公は挑戦しないのかといえば、背中を押してくれる人がいないからです。前に向かおうとする姿を見ていてくれる人がいないからです。つまり、まあ、ちょっと寂しいのです。誰かに自分のいいところを見せたいというのは、不純なようで純粋なのだと思います。この物語の主人公の少女、リリーことタイガーリリーには両親がおらず、ずっと一緒に育った老犬のラッキーに愛情を注いでいます。ラッキーの目が白内障で見えなくなってしまったことを悲しむリリーは、手術を受けられるようにお金を稼ぎたいと思います。それでも慎重なリリーは、ブルーベリーフェスティバルに出店して、自分が絵を描いたハチの家(花粉を運ぶメイソンビーという蜂の住処です)を売ることにも、リスクを考えてしまうのです。ましてやフェスティバルのミスコンテストに出場することなど考えも及びません。それでも、彼女なりのスタンスで、リリーが小さな勇気を奮わせることになる夏の物語。このささやかな心の軌跡が、味わい深く感じられます。

メイン州。州の果物はワイルド・ブルーベリー。十二歳のリリーは広大なブルーベリー畑が広がるこの地域で、祖父母と暮らしています。お父さんは元よりおらず、お母さんもリリーが小さな時に交通事故で亡くなっていました。お母さんが飼っていた犬のラッキーと一緒に育ったリリーは、年をとって白内障で目が見えなくなったラッキーのことをとても心配しています。首輪が外れて逃げ出したラッキーを追いかけて、リリーはブルーベリー畑で働いていた女の子、サルマと知り合いになります。サルマはヒスパニックで、色々な土地の農場を渡り歩いて働いている家の子でした。友だちのハンナと疎遠になっていたリリーは、新しい友だちができたことを喜びますが、やはり家族ぐるみで出稼ぎの生活しているサルマとは、文化的な面でも暮らしぶりでもちょっと距離もあります。それでも、次第に気持ちが近づいたのは、二人に犬を愛する気持ちが共通していたからかも知れません。八月。この地域で開催されるブルーベリーフェスティバルで、二人はラッキーの目を治す手術代を稼ぐためにお店を出そうと画策します。ところが、リリーの友だちだったハンナに誘われて、サルマもブルーベリー・クィーンのコンテストにエントリーすることになるのです。もちろん、慎重なリリーはそれを見守るだけですが、リリーの心にもサルマを応援することで、挑戦する気持ちが湧き上がっていくのです。

リリーのお母さんは美しくアクティブで、かつて三回連続でブルーベリー・クィーンに選ばれたことがありました。フランス系カナダ人として初めてクィーンになったお母さん。その挑戦はどんなに勇気が必要だったか。リリーは自分がそんなタイプじゃないことをわかっていて、サルマがクィーンになることを応援します。変化をきらうこの地域で、働きにきただけのブロンドではない女の子がクィーンになれるのか。サルマを励まし後押しすることもまたリリーにとっては大いなる挑戦です。ここにまたサルマの葛藤も二重写しになります。家の仕事の都合で、一つの場所に長くはいられないサルマの所在のなさもまた沁みてきます。それぞれに寂しさを抱えた二人の女の子が友情を育てていく物語は、非常に繊細な心の動きが捉えられていきます。リリー自身が一足飛びにミスコンに出場して優勝をもぎ取るようなイージーな物語ではなく、思い切れない自分の心の障壁に立ち向かうこと自体が主題になっています。まあ実に細かいことを気に病むし、なかなか楽天的に物事を考えられないリリーですが、そんな子なりのささやかな転機もまたドラマティックなものです。作者のシンシア・ロードにはニューベリー賞オナー受賞作の『ルール!』というエッジの効いた作品がありますが、本作はわりとスタンダードで、それでも時折、ドキッとするものを垣間見せられるところがありました。容姿だけが判断基準ではないにしても、クィーンコンテストやミスコンテストって、道義的にどうなのか、という視点もあるかと思います。そこに不安定で自信のない自分の存在を肯定する為に、なんて動機づけが入ってくると、その意義も変わってくる気もします。海外作品ではコンテストに出場する物語が多いですよね。