ぎぶそん

出 版 社: ポプラ社 

著     者: 伊藤たかみ

発 行 年: 2005年05月

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昭和六十三年、貴方は何をしていましたか。大学生だった僕は、あの翌年、年が明けてすぐに元号が変わるなどとは思いもせず、いや、当時の報道や、自粛ムードは、ひとつの時代の終焉が迫りつつあることを、しんしんと感じさせるものであったかと記憶しています。そんな昭和が終わろうとする前年、とある関西の中学生たちは、ガンズアンドローゼスというクールなバンドに魅せられて、コピーバンドを始めようとしていました。何より必要なのは、あのピッキング・ハーモニクスを百発百中で演奏できるテクニックを持つギタリスト。ギター&ボーカルのガクとベースのマロの男子中学二年生二人は、ドラム担当の女の子、リリィとの三人で、スリーピースのバンドを組んでいましたが、ここにきて、どうしてもガンズアンドローゼスのコピーをやりたくなり、学校一ギターがうまいという噂の、かけるをスカウトしに、さやま団地にやってきたのです。さて、このさやま団地、あまり近所の風評も芳しくない地域。大の大人が昼日向からアルコール漬けになっているようなところ。こんなところに住んでいる、かけるという少年も不良ではないもののちょっと得体の知れないところのある変わり者です。かけるを訪ねていく二人は、おっかなびっくり、さやま団地に足を踏み入れたのです。バンドをやらないか、という二人の誘いに、さやま団地の住人である、つまりは高校に進学できるかどうかもわからないような、生活の闘いを抱えている、かけるは鼻もひっかけません。しかし、ガンズアンドローゼスのテープを聞かせると、いささか疼くものがある。かけるのギターは、ギブソンのフライングV。そのテクニックは並はずれています。とはいえ、性格的にちょっと難しいヤツではある。さて、文化祭に向けて、バンドはうまく始動するのか。メンバーの心と心が結ばれて、ハーモニーとリズムが合わさって、紡ぎだされるバンドの音。疾走する音楽の興奮が駆け抜ける、さわやかで、ちょっぴり切ない、まだ幼くも、淡い青春バンド小説です。

物語はガクとリリィのそれぞれの語りによって構成されています。実は二人は互いに惹かれあっているものの、バンド仲間だし、なにせ中学二年生。「好きだ」なんてことを器用に告げることもできなくて、相手の心との距離を測りながら、普段は仲良くケンカしています。この友情が一歩先に進んで欲しいような、怖いような、そんな初恋前夜のような関係も初々しい。そうした互いのもどかしい心模様が順番に語られていくのも、なかなか良いのです。ちょっと複雑な性格の、でも、実は気のいいかけるがバンド仲間たちと打ち解けていくところや、どうしてもまとまらないバンドの音が、ひとつになっていく、あの至福の時。クライマックスのライブの興奮。個性的なご老人たちのキャラクターの妙もあって、ユーモラスで、そして、少し切ない物語は展開していきます。少年たちと少女が、理解を深め合いながら、気持ちをひとつにしていく姿は、好感が持て、いつまでも読んでいたいような、このまま時間がとまって欲しいような、輝ける瞬間を見せてくれます。昭和時代の終わりの物語。記憶の中のページを開くような、爽やかな青春小説です。ちょっと、甘すぎるかな、とも思いますが、学生時代にバンドを経験されている方には、より愉しいと思います。僕も久々にベースが弾きたくなってきましたが、一人だと、結構、虚しいのがベーシストの宿命です。