あたしが乗った列車は進む

Train I Ride.

出 版 社: 鈴木出版

著     者: ポール・モーシャー

翻 訳 者: 代田亜香子

発 行 年: 2018年06月


あたしが乗った列車は進む  紹介と感想 >
カリフォルニア州の田舎町パームスプリングスからイリノイ州の大都市シカゴへ。アメリカ大陸を横断する長い旅を十二歳の女の子が鉄道公社アムトラックの長距離列車に乗って体験する物語です。主人公である「あたし」の一人称で語られているものの、彼女の名前は明らかにされません。首から下げたパスに書かれた「乗客(ライダー)」が彼女の通称になります。無愛想で派手なグリーンの髪をした少女である彼女。監視人の女性、ドロシアに付き添われて、シカゴに住む会ったこともない大おじさんの元へ向かっているのは、これまで一緒に暮らしていたおばあちゃんが亡くなり他に身寄りがなかったからです。心のあたたかい人でもなかったおばあちゃんとの汚い地域でのトレーラーハウス暮らした日々は楽しいものではありませんでした。かといって、次の場所に期待を抱いているわけでもない。物語はこの列車での旅をリアルタイムで進行させつつ、彼女の複雑な心中を、記憶の中の風景を紐解きながら語っていきます。列車で出会った人たちに対する警戒感やちょっと不自然な態度も、彼女が心の中に秘めているものが明らかになるにつれて理解できるようになります。なにより、彼女が心根のいい子であることが、小さなエピソードの端々から感じとれる、そんな匙加減もいいんですね。読んでいると次第に彼女を愛おしく思ってしまう。どこか淋しさを抱えた彼女が、ささやかな歓びで心を満たされていく、そんな旅の列車に自分も一緒に同乗している気持ちになれる物語です。

繊細な心情表現に耽溺してしまいます。ちょっとした心の動きが胸に沁みるのです。彼女がひとりぼっちのコヨーテを列車の窓の外に見た後、眠っている監視人のドロシアの方にちょっとだけ寄りかかる場面がありました。寄る辺ない淋しさを抱えていながら、彼女自身、それを認めはしません。感傷的にはならないのです。ドラック依存で心を病んでいた母親への気持ちは複雑です。欠点しかなかった母親だけれど、失った悲しみはやはり深いのです。お母さんとの生活も、その後のおばあちゃんや養護施設での暮らしでも、彼女は辛い思いを経験しています。それでも、自分の不遇を恨むわけでもない。どこかずっと警戒しているのです。ついやってはいけないことをしてしまうコントロール不能な自分自身もまた。そんな自分だから、人とどう心を通わせたらいいのかわからない。おっかなびっくり人との距離を測っている姿が切ないのです。幸運なことに彼女は、この列車で、思慮深い人たちと出会います。列車の展望ラウンジのかっこいいゲイの店員のニールや、アムトラックに雇われて列車に乗っているという詩人のカルロス、またボーイスカウトの少年、ティンダーチャンク。彼にもらったキンズバーグの詩集に彼女は心を動かされます。回想の中に登場するカウンセラーのローラ先生も深遠な言葉を与えてくれた人でした。安易やなぐさめや励ましではなく、彼女に考えさせ、自尊心を養おうとする、そんな優しい手が差し伸べられていたことに救われます。酷い人もいるけれど、思いやりを持った人もいる。そうした人たちと心を通わせていく彼女の姿を見守っていることに心地よさがあります。不思議な感触の作品ですね。

どんな悲惨な境遇も明るく語ることができるものです。気軽に言葉にすることで、蹴飛ばしてしまえることもあるかもしれません。なにより人の同情みたいなものを振り払える。ただ、心に住みついた悲しみは根深いものだから、やはり真正面から向き合って越えていくしかないのですね。グリーンの髪の毛は、遠くからでも大切な人に自分のことを見つけて欲しいから。でもそんな気持ちは口にはできないもので、嫌がらせの当てつけでグリーンにしたなんて言ったりする。悲しみを感じていることを人に見透かされるのは、本当に辛いことです。自分も子どもの頃に親を亡くしていて、この気持ちにちょっとシンクロしてしまい、参りました。良い場面や素敵な会話が沢山あります。物語の終わりに彼女が汽笛を鳴らしながら、心に潜めていた言葉をはっきりと叫ぶ場面は圧巻でした。また、列車の中で十三歳の誕生日を迎えた彼女への周囲の人たちの好意も素敵でした。彼女が悲しみを知っている子だからこそ、歓びを感じられた場面が愛おしく、そのいじらしさが胸に迫ります。是非、この心の揺らぎが繋ぎとめられた淡色なのに濃厚な物語を読んで欲しいと思います。