沈黙の殺人者

The silence of murder.

出 版 社: 評論社

著      者: ダンディ・デイリー・マコール

翻 訳 者: 武富博子

発 行 年: 2013年03月


<   沈黙の殺人者   紹介と感想>
地域の野球チームの監督をバットで殴り殺したとの疑いをかけられて逮捕された青年、ジェレミー。二歳年下の妹ホープは、兄の人間性を信じており、兄がどんなにまともな人間であるかを裁判で主張して無実を訴えました。しかし、それが余計、兄の立場を悪くすることになります。弁護士レイモンドの戦略は「心神喪失状態による責任能力の欠如」で無罪を勝ちとろうというものでした。つまり、ジェレミーは人を殺したけれど、「頭がおかしかった」とホープも話を合わせなければならなかったのです。それでもホープは、兄はおかしくない、と主張しました。もとより、ジェレミーは普通の青年ではありません。幼い頃、母に叱責されて以来、誰とも口を利かなくなってしまったし、その振る舞いは、どうにも「天使」めいているのです。ジェレミーの不思議な行動パターンは、緘黙、アスペルガー症候群、ADHD、自閉症など、発達障がいの症例を、あてはめられ続けてきました。逮捕された今も口をつぐんだまま、沈黙を続けています。その理由は誰にもわかりません。美しい飾り文字のメモを書き、たくさんの空き瓶を部屋の中にコレクションしているジェレミー。妹のホープは、優しく純粋な兄がおかしな人間扱いされることを許しがたいと思っていました。ジェレミーが殺人なんてできるはずがない。しかし、母親のリタは、ジェレミーが夜中にバットの血を洗い流すところを見ています。ジェレミーが生涯、精神病院で監視されて過ごすことになったとしても、死刑や、終身刑で刑務所に送られるよりはマシなのか。こんな状況の中、ホープは真犯人を見つけだし、兄の無実を証明しようと、亡くなった監督の周辺を調べ始めます。そんなホープのもとに、名前を名乗らない人物から警告の電話が。やはり、この事件には何か裏があるようです・・・。

物語は初手から息づまる裁判の攻防戦に突入しています。弁護側も検察側も、証人から有力な証言を引き出して、陪審員の心証に訴えようと駆け引きを続けています。その法廷の緊迫感。弁護士のレイモンドも、当初はジェイミーの責任能力のなさを訴えて、無実を勝ち取ろうとしていましたが、ホープの情熱と、彼女が集めてきた証拠に後押されて、方向を転換しようと考え始めていました。兄思いで真面目なホープ。その美しい容姿は母親のリタゆずりですが、男性関係に奔放な母親の影響で、母親とは逆のタイプの女の子に成長していました。母親のリタは、夫が交通事故で亡くなった後、色々な男性とつきあいながら、各地を渡り歩いてきましたが、三年前、自分の故郷であるオハイオ州に子どもたちと一緒に帰ってきました。ここは、かつてハイスクールのアイドルであったリタに、いまだにその頃の面影を見ている男たちが暮らしている町です。当時から男たちの気を引く術を心得ていたリタ。亡くなった野球チームの監督も、保安官も、かつてリタと同じ学校に通っていました。どうにもきな臭い匂いがそこには漂っています。過去と現在を結びつけながら、ホープは事件の謎を追っていきます。そんな中で、自分に協力してくれる保安官の息子のチェイスに、仄かな気持ちを寄せたりと、揺れる気持ちが描かれるのも、YAミステリーのちょっといいところですね。2012年のエドガー・アラン・ポー賞YA小説部門受賞作。さて、結末は、どうなるのか、思わず、ページをめくる指が早くなっていきます。

逆転につぐ逆転。驚くべき事実が明らかになり、またもホープは窮地に追い込まれます。そして、裁判どころか、自分の身にも危険が迫ってくるのです。ホープの調査を邪魔しようとするのは、一体、誰なのか。そして、何が目的なのか。ホープが裁判のために用意した最期の切り札も、予期しない結末を導き出します。真実が明らかになる時、そこには痛みが伴います。真実を知ることは、必ずしも幸せなこととは限りません。それでも、その先にある未来に向かって歩みを進めるための必要なプロセスです。ミステリーとはいえ、トリックの種明かしに驚かされるのではなく、募った想いや、美しい気持ちの結晶に胸を打たれる、そんな結末です。最期の数十ページにはとても心を揺さぶられます。ミステリーなので、核心を書けないのがもどかしいのですが、痛みを越えたところにある希望に出会える物語だと、これだけは伝えたいところです。

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