アル・カポネによろしく

Al Capone does my shirts.

出 版 社: あすなろ書房 

著     者: ジェニファ・チョールデンコウ

翻 訳 者: こだまともこ

発 行 年: 2006年12月


アル・カポネによろしく  紹介と感想 >
アル・カポネと言えば、禁酒法時代のシカゴに実在した有名なギャングです。この大物ギャングに何を「よろしく」とお願いするのかといえば「洗濯」です。なぜ、カポネが洗濯をというと、今、彼は、あの脱獄不能と言われた監獄島、アルカトラズ刑務所に収監されている身の上だからです。このアルカトラズ刑務所は、アルカトラズ島に設営されています。このアルカトラズ島は、脱獄不能の鳥も通わない絶海の孤島という先入観がありますが、実は、囚人たちのみならず、刑務所に勤務するスタッフたちと、その家族もまた、同じ島の中で生活していました。アルカトラズ刑務所は、他の刑務所から移送されてきた脱獄常習犯などの札つきや、問題のある囚人が集められるハイレベルな刑務所中の刑務所でありながら、同じ島内には普通の暮らしを営む人たちがいたというのは驚かされます(これは、本当に事実だそうです)。アルカトラズ島が、そんな生活感もある場所だったとは。無論、居住区は棲み分けられているものの、ところどころ関わりはあって、囚人たちが就労奉仕で一般の住民たちに食事をふるまったり、各家庭の洗濯物を代行して洗ってくれるサービスもあるのです。凶悪犯たちの洗ったシャツを着るという、なかなかスリリングな体験。それがあの有名なアル・カポネともなれば、子ども心には、惹かれるものもあるよう。さて、島に暮らす子どもたちは、この刑務所島でどのような気持ちでいたのでしょうか。1930年代。不況下のアメリカを舞台にしたユーモアとペーソスにあふれた作品です。元気だけれど、ちょっと苦悩も抱えている少年の一人称は、まさに待っていましたと快哉を叫びたいナイーブなボーイズモノ児童文学の歓びに満ちていました。

この監獄島に住む職員の子どもたちは、毎朝、船に乗って、本土の学校に通っています。監獄島の子どもたちは、さすがに学校でもちょっと一目置かれることとなります。電気技師兼、看守になった父親の仕事の都合で、この監獄島に越してきたムースは七年生(中学一年生ぐらいでしょうかね)。転校した学校では、早速、監獄島に暮らしている子どもの一人として、注目をあびることになります。とはいえやっかいなのは、そうした好奇の目よりも、一緒に島から通ってきている同級生。アルカトラズ刑務所の所長の娘、パイパー。この子と来たら、顔は可愛いけれど、「信じられない」ことを平然とやる行動力の持ち主。抜け目なく、ヤバいことにはあえて手を出したい、火中の栗を拾いまくりたい困った性格。なるべく関わらないでいたいと思いながらも、島の仲間として、なにかとちょっかいを出してくるパイパーに圧され気味のムース。ハイパーのたくらみに加担させられることになり、転校早々、トラブルに巻き込まれることになったムースですが、この島にくることになった経緯自体、いささか波乱含みなのでした。

家族の問題。これは、実に重く、パイパーにのしかかっています。十五歳でありながら、幼児のようにしかふるまえない、ムースイの姉、ナタリー。姉でありながら、小さな妹のように面倒をみなければならない存在。今日でいうところの「自閉症児」であるナタリーを抱えている家族は、彼女に養護教育が行える専門の学校に入れてあげることで、なんとか少しでも、彼女が普通になれるようにと希望をつないでいます。そのためには、多くのお金が必要でした。父親もこうした監獄島での仕事を選ぶことになったし、母親もまたピアノ教師で生計を助けようとしています。こうした家族のために、遊びたいさかりのムースとしては、辛い我慢を強いられることもままあります。母親の気持ちが、ナタリーにばかり注がれてしまうことにも揺れてしまう気持ちは隠せない。両親の気持ちを慮り、それはしかたないことだと思いながら、ときに、子ども心の許容量を越えてしまうこともある。そんなムースにからんでくる、パイパーや、学校の友だちや、島のこどもたち。ちゃっかりして、しっかりしているパイパーの行動に翻弄されてばかりのムース。その微妙な心の揺れ加減も、なかなか愛しいのです。時おり垣間見せる、かわいらしい嫉妬心もまた。彼のナイーブさ、健気な明るさなど、その心の動きが実によいですね。終盤、ナタリーと、そして失意に沈む家族たちのためにムースがとった思わぬ行動は、果たして奏功するのか。最後の一行までドキドキしながら楽しめる作品。やんちゃで、クールで、イキな子どもたちのやりとりが楽しい。重い問題をかたわらに置きながらも、くじけない、暖かいユーモアに溢れた心地よい作品です。

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