出 版 社: 小学館 著 者: スザンヌ・ダンラップ 翻 訳 者: 西本かおる 発 行 年: 2010年08月 |
< 消えたヴァイオリン 紹介と感想 >
1779年のウィーン。クリスマスイブの夜、演奏会に出かけたはずのヴァイオリニストの父親が殺され、遺体で家に運び込まれるという衝撃的な出来事が起こります。強盗に襲われたのか、持っていたはずのヴァイオリンも奪われていました。母はショックのあまり茫然自失し寝込んでしまい、娘のテレジアは一人で、父の死の真相を探り始めようとします。遺体が見つかった場所はドナウ川の岸辺「ロマの集落」の近くでした。そこに秘密があると感じたテレジアは、単身でもそこに出向くようになります。生前、父は放浪の民であるロマの人々の音曲に魅せられて、ここに通ってきていたらしい。彼らの音楽。天使が泣くようなヴァイオリンの調べはテレジアをも魅了するものでした。謎めいたロマの人々の存在感。そしてテレジアの周囲で、彼女を助けてくれる人たちもまた何か秘密があるようです。一体、誰が父を殺し、ヴァイオリンを奪ったのか。高名な作曲家でもあるハイドンの楽団の一員だった父の音楽の才能を受け継いだテレジア。ハイドンの採譜を手伝い、家族の生活を支えながらも、謎が解けていくに従って、次第に大きな策略の渦に飲み込まれていきます。
テレジアの心の機微の描き方が非常に綿密で、ミステリータッチな物語の中に、YA的な要素を沢山見いだせる作品となっています。女性が(例えば音楽家のような)職業人として生きていくのは難しい時代。針を持つのなら、裁縫ができるよりも、刺繍を趣味にした方が上流の家に嫁ぎやすい、そんな価値観が横溢している頃。けっして豊かな暮らしではなかったテレジアの家は、父の死により早速、困窮することになります。テレジアは生活のためにお金を手に入れる手段を模索しますが、何分、この時代ですから、娘の手には余ります。母親はテレジアを一刻も早く嫁がせようとしています。自らの意志をしっかりともったテレジアにはままならないことが多いのです。彼女の小さな嫉妬心やプライド。ささいなことで揺れてしまう気持ち。彼女の鋭敏な自意識が時々、垣間見えるあたりも面白いところでした。世間の価値観や、親の言うことに従順にしたがえるような子ではない彼女の気性。そんな彼女の強い意志が、大きく動いていく策謀の物語の中で輝きを放っていく展開にはワクワクさせられました。
物語の背景として、この時代の政治や文化、そして音楽史を専攻していたという著者が得意とする音楽界の状況が詳しく語られるあたり、大変、興味深かったです。ハイドンが活躍し、新進気鋭の音楽家モーツァルトの噂が聞こえてくる時代。音楽家たちに大きな影響を与えたというロマの民の文化。ハイドンやサラサーティの楽曲にも取り入れられ、また後の時代にシューマンの名曲でも題材とされたものです。放浪の民、ロマの人々は、この物語の中でも、秘密めいたエキゾチックな存在として印象を残します。「流浪の民」の歌詞にある宴に興じる人々のイメージがこの物語を読みながら、ずっと頭の中に閃いていたのですが、そんな音楽が鳴り響くような素敵な物語です。