ぼくとリンダと庭の船

Bis Sansibar und weiter.

出 版 社: 偕成社 

著     者: ユルゲン・バンシェルス

翻 訳 者: 若松宣子

発 行 年: 2010年06月


ぼくとリンダと庭の船 紹介と感想>
予想に反して、実に清新なYA作品なので驚きました。装丁、装画のイメージがなんとなく北田卓史さん(「チョコレート戦争」や「車の色はそらの色」の表紙絵の人というとお分かりか)みたいだなという印象があって、きっと中学年向きの古典的な児童文学なのかと思いきや、凄くビビットな思春期の感受性をウィットに富んだ文体で表現した良作なのでビックリしました。著者のユルゲン・バンシェルスは本国ドイツではベテラン作家ながら、日本に紹介されたのは本作がはじめてだそうです。こうした英語圏ではないところの作品に感じる新鮮さもあるのかなと思います。翻訳されることを待っているだけの読み手としては、こうした出版社の新しい試みには非常に感謝をしています。ともかく面白い、そして気恥ずかしくなるような得恋の甘やかさや一喜一憂がある。クールなフリをした、しっかりものの少年が大慌てで迎える思春期は、まあ、なんだろう、色々あって大変だという感じです(笑)。ともかく浮遊してしまう気分に、いいねえ、とため息が出るような作品です。

8年前。マリウスの父さんであるDDはサクランボを摘んでいた木から落ちました。身長2メートルで150キロもあったDDは首の骨を折って死んでしまいます。マリウスは包装紙のデザイナーである母さんと二人でひっそりと暮らしてきたけれど、母さんはまだDDが死んだことを信じていません。だから、毎日、サクランボの木のもとでDDと会話をしています。ところが、ある日、母さんには急にDDの声が聞こえなくなります。それはごくあたり前のことなんだけれど、デザインの方はすっかりスランプになってしまうのです。浮世離れした母さんに代わってお金の管理もしているマリウスは、しっかりもので、数学が得意。マリウスは仕事ができなくなってしまった母さんのことを心配しなくてはならず、さらに学校でも困ったことになります。転校生、リンダ・レーベルト。挑発的で自分勝手なやっかいな女の子。マリウスは何故か巻き込まれて、彼女のパンチをもらうことになったり、いろいろと複雑な彼女の事情にも関わることになってしまいます。ところが、いやいやながらリンダにつきあっていたはずなのに、どうしたことか彼女に惹かれている自分を大発見してしまうのです。さて、しっかりものだったはずの少年は、彼女の気を引きたいがために、大胆な行動に出ることになります。周囲のしっかりしていない大人たちがニクい役回りを務めながら、少年の心のドラマはフル回転していきます。思春期ですよ。青春ですよ。

リンダが実にやっかいで、転校早速、学校の鼻つまみ者になってしまって、マリウスは一人、どうふるまうか、というあたり『スター★ガール』な感じで良いんですね。そして、ちょっとした彼女の思わせぶりに戸惑ったり、色々なことが手につかなくなってみたり、一人相撲をしてみたり、そんなみっともなさもまた愛おしいのです。そして、物語を盛り上げてくれる脇役の大人たちの魅力。みんなひと癖あっていいんですね。マリウスの母さんは、すっかりダメになっている。リンダのお父さんはなんか怪しいし、いつも家にいて、働いているのかどうかさえわからない。近所に住む、船長と呼ばれている、朝から晩まで制服を着てうろつき、庭に帆船を置いているおじさんが変な人なんだけれど、まあ、彼が一役買ってくれたことについては読んでのお楽しみ。大人って、やはり子どもの一枚上をいくのです。こういう大人たちと少年の物語は良いですよね。なにより、マリウスが、自分が誰かを好きになっていることに気づいてビックリするのが良かったな。そして、最後にはちゃんと海に漕ぎ出すことができる。それは、色々な意味で。そんな少年の季節の清新さに溢れた素敵な一冊です。

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