碧空の果てに

出 版 社: KADOKAWA 

著     者: 濱野京子

発 行 年: 2009年05月

碧空の果てに  紹介と感想>

気難しいボスに仕えた女性が、その個性で、かたくなだったボスの心を開き、気持ちを通わせて、その屈託を抱えていた心を明るく変えていくという物語の類型は『ジェーン・エア』の昔から色々と思い浮かぶところです。『サウンドオブミュージック』だってこれだし、「気難しいボス」モノがその後のハーレクインや少女漫画、あるいは昨今のBLなどの中でどのように展開されてきたかは興味のあるところです。その魅力はいったいなんだろうな、ということで構成要素を考えていくと、やはり、その時代の中では個性的すぎるというか、型破りである主人公のことを、当初は気難しいと思っていたボスが、最後には(読者とともに)、ヒロインの最大の理解者になるという逆転が魅力的なのではないかと想像します。無論、そこにはロマンスもあります。この物語『碧空の果てに』の主人公であるメイリン姫も、小国のお姫様としては、好ましく思われない資質を持っている少女でした。国を出奔し、身分を隠して、旅先で仕えることになったボスは、優秀だけど、やはり心に屈託を抱えた男性で・・・となれば、やはり物語の展開に期待感が高まっていきますね。

舞台は封建的な道徳が支配する架空の時代。十七歳の少女でありながら、そこら辺の男がかなわないような並外れた怪力をもっている小国ユイ自治領のメイリン姫。男であれば喜ばれたであろうその資質も、女であるために、潜めておかなければならない。メイリンに求められているのは婿をとり、病弱な弟が王として成長するのを補佐し見守ること。馬を乗り回し、自由闊達に生きるメイリンには、良き伴侶として子をなすことだけを自分の使命として生きる将来に、日々、疑問符が大きくなっていました。自分はなにをすればいいのか。メイリンはその答えを外の世界に求めます。広い平原には数多くの小国が点在し、かたや大きな国も威勢を誇っていました。旅立ったメイリンがたどり着いたのは、賢者の国と呼ばれる、この時代には珍しい共和制をひいているシーハン公国。身をやつし、男のなりをしたメイリンは、この国の先進的な文化を吸収していきます。あやうい国同士の均衡の中で、シーハンが独立を保っていられるのは、優れた首長であるターリの采配であると知ったメイリンは、彼に謁見する機会を得ようとします。首長ターリは、鋭い頭脳と美貌の持ち主。足が不自由で車いすに乗った彼は、議事堂に行く以外は、ひとり塔の上にこもり、高度にはりめぐらした情報網を頼りに国を統括していたのです。なぜかメイリンに冷ややかな態度をとり続けるターリにメイリンが提案したのは、その怪力を使って、彼の「足になる」ということでした・・・。

ということで、メイリンは男装して、ターリの従者として仕えることになるのですが、まあ、なんというか、ツボを押し続ける物語なのです。孤児の出身であり、不自由な身体でありながら、その優秀な頭脳をもって、首長として推されたターリ。無論、権力に執着するわけでもないクレバーな人物。やがてメイリンは、ターリの身体を支えるだけではなく、その心にも寄り添っていくことになります。風雲急を告げる国家情勢、そして政治的陰謀が首長であるターリに襲いかかります。メイリンはターリを支える杖となり、数々の危機を乗り切り・・・というのは読んでのお楽しみなのですが、どのように二人が心を交わしていったのか、が物語を読む一番の楽しみではないでしょうか。ただ、この作品の恋愛は、熱情というよりも、友愛に近いにもので、ロマンスとしての温度は低いのです。ここには甘い言葉も少なく、「お互いを見つめ合うのではなく、同じ先を一緒に見つめる」ような恋なのです。整った文章、理知的に詰められた物語で、ロマンスのツボを刺激しつつ描かれるのは理性的な恋でした。個人的には感情よりも、理性や知性を刺激される作品でした。