秘密のチャットルーム

Secret meeting.

出 版 社: 金の星社 

著     者: ジーン・ユーア

翻 訳 者: 渋谷弘子

発 行 年: 2006年12月


秘密のチャットルーム  紹介と感想 >
作家と愛読者が交流する物語。児童文学ではこうした題材の作品が数多く見受けられられます。この作品もそうしたバリエーションですが、かなり震撼させられる内容となっています。憧れている作家と交流できるというシチュエーションに、子どもたちがどれほど胸を高鳴らせ、興奮させられるか。その心の高揚は、それだけでも読ませる物語となりますが、実際、思わぬトラップも孕んでいます。太宰治の短編に、自堕落で貧しいと自称する作家を訪ねることになった女の子が、作家に恥をかかせないようにと振舞って、作家の虚像と実像のギャップに、逆に恥をかかされるというお話がありました。相手が作家だからといって信用してはいけないし、傷つけられることだってあるものです。ただ、自分が大好きな作品を書いた作家と、直接、話ができるとなれば、やはり、手放しにあれこれと質問をしたくなってしまうものでしょう。物語の主人公に自分を重ね合わせてきた子どもにとっては、その作家こそが、自分の気持ちをわかってくれる最大の理解者だと思ってしまうものです。本書は大変、恐ろしい作品です。この恐ろしさの本質を、是非、見極めて欲しいと思います。

ミーガンの十二歳の誕生日に、親友のアニーがプレゼントしてくれたのは、作家ハリエット・チャンスと会える機会でした。ミーガンはハリエットの大ファンで、ほとんどの作品を読み、インタビューにも沢山、目を通して、その人となりを熟知していました。アニーはミーガンが母親から禁じられているインターネットのチャットルームで、ハリエットの娘と知り合い、ハリエットと会える機会をとりつけてくれたのです。ミーガンにはハリエットに質問したいことが沢山ありました。ハリエットの作品には外見の悩みやコンプレックスを抱えた子どもたちが数多く登場します。ミーガンも落ち込んだ時に、ハリエットの作品になぐさめられ、勇気づけられてきました。ハリエットはどうしてそんなに人の気持ちがわかってしまうのだろう。ところが、実際に顔を合わせ、興奮のうちにミーガンが質問したことへの、ハリエットから返ってくる答えが、どうもおかしいのです。今までインタビューや文章で知っていたつもりだったハリエットと、目の前にいるハリエットはどこか様子が違います。ミーガンに親切に接してくれるハリエットなのですが、ミーガンは次第に不審を抱くようになっていきます・・・。

じわじわと恐怖感が募ってきます。ハリエットがベジタリアンであることをミーガンは知っています。では、目の前でハムサンドを食べているこの中年女性は一体、誰なのか。この先は是非、本作を読んでいただきたいところです。ストーリーの面白さに加えて、主人公の内省がとても魅力的です。落ち込んだり、つい調子に乗ってしまったり、等身大の十二歳の女の子が世界を感じとる、その心の動きが活写されています。 夢見がちな年頃です。理想の理解者を求めてしまう気持ちもわかりますが、思い入れが行き過ぎて、危険を顧みなくなってしまうこともあるのは要注意ですね。ところで、自分をわかってくれる存在は意外に近くにいることもあります。ミーガンと親友のアニーとの関係性が面白いのです。ちょっと変わっているアニーが、人前でどうにも変なことを言いだすことにミーガンが我慢できなかったり、逆にミーガンの方が迂闊で、アニーにたしなめられたり。好みが全然違うのに、お互いの趣味を理解しようとしているあたりも面白いのです。完全に気が合う同士ではないけれど、正直に物を言い合える友人がリアルにいることの幸運を思います。ミーガンはアニーと一緒に、この物語でかなりビックリするような目にあいますが、この二人ならいつかそんなことも笑い話にできるのかな、なんて思ったりもします。いや、思い出すたびゾッとするのかな。非常に考えさられる作品です。是非、ご一緒に考えてください。