出 版 社: 徳間書店 著 者: ロデリック・タウンリー 翻 訳 者: 布施由紀子 発 行 年: 2002年12月 |
< 記憶の国の王女 紹介と感想 >
『ほぉぉぉんが、開くよぅぅ!!』、その声はまるで『船が出るぞぅぅ!!』の号令のように、「登場人物」たちを、物語のストーリーの中に集合させます。「本が開く」、その瞬間には、たとえ35ページの岩山で遊んでいようと、「感謝のことば」のページにいようとも、すかさずとって返して、読者が開いたページの場面を演じ始めなければなりません。それが「登場人物」たちの人生のすべてなのです。幾度となく繰り返された台詞、そして物語。王様と王妃様と、王女様と王子様の冒険物語。けれど、長い間、この主人公シルヴィ姫の物語が読まれることも、この本『とてもすてきな大きなこと』が開かれることもなかったのです。読者の息遣いを感じながら、物語を演じる「登場人物」たち。彼らは、興奮していました。本を読んでもらえる。はじめからおわりまで、物語についてきてもらうことは、実に長い間とだえて久しいことだったのです。ここで、シルヴィ姫は「登場人物」たちに禁じられている、あることをしてしまいます。それは「読者」を見てしまうこと。果たして、この本を読んでいたのは、一人の少女でした。昔、この本を何度も読んでいた、あの碧い目の少女とは違う子ども・・・。この少女の名前をクリスといいます。
クリスは、繰り返し、繰り返し、この物語を読み続けました。おばあさんからもらったこの本を毎晩、眠る前に読むようになったクリスは、夢の中でもシルヴィ姫と出会うようになります。それは、シルヴィ姫にとっても、「物語」を抜け出すというささやかな冒険でした。ところがある日、シルビィ姫の本の中の王国を、未曾有の大火事が襲い、すべてが焼き尽くされてしまいます。逃げられる場所をもとめて、さまよった「登場人物」たちは、クリスの「夢の中」に脱出します。つまり、なんらかの事情で本が焼失し、クリスの記憶の中にしか「物語」が残らなかったのです。クリスが忘れてしまえば、消えてなくなってしまう「登場人物」たち。シルヴィ姫は『記憶の国の王女』となったのです。クリスの成長にしたがい、「登場人物」たちは、だんだんと台詞を忘れ、消えていく者もいます。代わりに、色々なおかしなものが、クリスの夢の中に登場するようになります。それは「数学」であったり、「督促状」であったり、クリスの「現実」が、夢の世界に侵食してくるのです。やがて年をとっていくクリス。彼女が老いていくとき「物語」は一体、どうなってしまうのか・・・。
読み終えた後に、体に電気が走るような、そんな作品です。あまり、多くの言葉を費やさずに、この本の魅了を説明できれば良いのですが、それもまた難しい。しかしながら、「物語」と「本」を愛する人たちに、是非、手にとって欲しい「良く出来すぎた」お話です。魅力的な奇想による、奇抜な物語です。もう、実に面白すぎる「物語」の物語なのです。これ、以上、書くことができません。非常に魅力的な奇想が、奇抜な物語となって、展開していきます。物語が子どもたちに語りつがれていくということ、一冊の本に思い入れ、その物語が生き続けていく、ということ。ファンタジーでもあり、現実でもあり。寓話でもあり、メタ物語でもあり。人間の心を充たすものは、一体、なんなのか。ひとつの物語の終焉とはじまりが、ここにあります。本に対する思い入れ、本の存在、それ自体に、心を動かされる方には、是非、読んで欲しい一冊です。