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出 版 社: 早川書房 著 者: 青谷真未 発 行 年: 2020年04月 |
< 読書嫌いのための図書室案内 紹介と感想>
読書感想文は「本を読んで思ったことを書く」ものだと考えています。だから、そう難しいものではないと思います。もっとも「何も思わなかった」場合や、「思ったことを言語化できない」ケースもあるので一概に簡単だとは言えません。それでも、面白かったか、面白くなかったか、ぐらいの印象は端的に言えるだろうし、そこから掘り下げて「自分にとって」どこがそうだったのか書いていくだけで、ある程度は形になるものだろうと思います。とはいえ「自分にとって」に触れるというのは、心の内側を晒すことです。客観的な書評や紹介を書くこととは、ややニュアンスが違います。社会生活の不利有利を考えれば、なるべく心の裡を他の人に気取られないようにすべきかも知れません。一方で、心の裡をわかって欲しいという欲求も人間にはあるものです。本書のキーはそんな「読者感想文」です。隠しておきたい書かなくても良い気持ちを書いてしまうアンビバレンスがフォーカスされ、そこに人の心の真理があることを、高校生の男女が知ることになります。子どもたちが実在の本について語る物語は、ビブリオバトル物をはじめとして多々ありますが、本書でとりあげられた本は実に「教科書的」で(自分にとって)面白いものでした。実際、教科書に載っている作品だったり、自分が高校生の頃、読んだものだったりと、懐かしさがあり、一方でこうした古い作品を現代の高校生視点で考察するあたりも読みどころです。読書感想文を書くために、その本を選書した時点で、登場人物たちの意思が表明されています。『そうか、つまり君はそんなやつなんだな』でおなじみの「あの作品」も登場します。他の小説でも、あの作品がとりあげられることがありますが、登場人物や、ひいては作家が、あの作品にこだわってしまう気持ちについては興味があり、面白いと思ってしまうのです。これもまた僕の「個人の感想」です。自分自身を「そんなやつ」ではないかと疑いながらも、開きなおることもできず、名伏しがたい感情に翻弄されているタイプの方には特に琴線に触れる作品だと思います。
高校生男子の荒坂浩二(こうじ)は、二年生になって図書委員になりました。部活動か委員会活動を行うことが必須となっている高校のため、昨年、美術部を退部してしまった浩二には仕方のない選択でした。ただ、本を読むことが苦手な浩二は、図書委員会に集まった生徒たちの中では異端の存在です。逆にそこを委員会を指導する司書の河合先生に目をつけられて、図書新聞作りを担当させられることになります。同じクラスから選出された図書委員の女子、藤生(ふじお)とともに新聞作りをはじめた浩二。地味でおとなしいけれど、かなりの読書好きである藤生の協力を得て、新聞の内容を考える浩二は、生徒や教師に読者感想文を書いてもらい、本を紹介することにします。さて、誰にどの本について書いてもらうか。浩二が選んだのは、同じクラスの親しい卓球部の男子、八重樫と、美術部の先輩だった三年生の緑川、そして生物教師の樋崎先生でした。昨年、浩二が美術部を退部することになったトラブルに責任を感じている緑川。そして、そのトラブルにも関わっているらしい樋崎先生。彼らはどんな本を選び感想を書くのか。交換留学生の女子、アリシアと親しくしている八重樫は、感情移入できるからという理由で鴎外の『舞姫』で感想文を書くといいます。タイトルに言及せず感想文を書いてきた緑川の真意はどこにあったのか。樋崎先生は、選んだ本を浩二も読むことを感想文を書く条件にしたのは何故か。深く作品を考察する藤生から講釈を受けながら、浩二は、物語の面白さと、それを読み、感想を言葉にしようとする人たちの内面に触れていきます。
浩二が一年生の時に遭遇して、美術部を退部することになった彼の描いた絵の紛失事件の謎。緑川先輩や樋崎先生の不可解な行動。二十年近く前に学校で自殺したという女生徒にまつわる「伝説」。ミステリアスな事件の謎解きと、それに関わった人たちの心の裡が、本を選び読書感想文を書くという行為から透けて見えてきます。自分の迷妄や後悔や懺悔を読書感想文を通じて仄めかす、という行為は、いささか不穏なものですが、どこかで本心を晒したいという欲求もまた理解できます。浩二が本を読むことが苦手な理由と、絵を描くことや筆跡鑑定で見せる特殊な才能に密接な関係があること。読書に耽溺することで、現実の人間関係や、自らの殻を破ることを避けている藤生を浩二が理解し、励ましていくあたりなど、色々な要素が複雑に作用して、地味ながら、興味深い展開が続く物語となっています。なによりも鴎外の『舞姫』、ヘッセの『少年の日の思い出』など教科書掲載作品への考察が「高校生視点での深読み」なのが良いところ。『舞姫』は『普請中』に触れることもなく、鴎外論を云々するものでもなく、高校生が自分たちに物語を引き寄せて、読み解いていくあたりがポイントです。『少年の日の思い出』の解釈も、エーミールの心理の洞察がユニークです。安部公房作品が色々と登場しますが、本が苦手だった浩二が始めて読んでみようと思う本が『箱男』だというあたりは、それはちょっとハードルが高いなあ、と思いました(自分も高校生の時に読みましたが、まあ理解にはほど遠かったような)。読書感想文という読者が自分の内面を掘り下げていく試みと、客観的に作品自体を考察する視点があり、読書という行為を多面的に捉える試みが面白い作品です。そういえば、高校生の頃は安部公房を読んでいること自体になんとなく優越感がありました。どんな本を読んでいたらカッコ良いか。ポーズやペダンティックな気持ちに踊らされているのも思春期の読書だったなと思います。本書はそうした思春期の鼻持ちならない要素が皆無で、実に純粋なのです。現代高校生の読書事情は実際、どうなっているのか。物語の中で異界転生モノや「なろう系」にも言及があるのですが、そうした作品を熱く語る物語も読んでみたいですね。