出 版 社: あすなろ書房 著 者: アンドリュー・ノリス 翻 訳 者: 千葉茂樹 発 行 年: 2023年02月 |
< 起業家フェリックスは12歳 紹介と感想>
商魂たくましい、という言葉には、やや否定的なニュアンスがあります。食欲旺盛のようにバイタリティあふれる気概が伺える言葉ですが、どうも金儲けに対しては、素直にリスペクトできないところがあるというのが日本の精神性です。金儲け自体悪いことではないはずです。また、フェアな商売をすることで、それを成し遂げたのだとすれば立派なことです。おそらくは金儲けに、卑しさを感じたり、どこか悪どいイメージがあるのが原因ですね。これはこの物語の舞台である英国でも同じようで、ビジネスで成功することが手放しにリスペクトされるわけではない感覚も描かれています。その温度感は日本と近いのかも知れません。本書は十二歳の少年がビジネスを成功させる物語です。ちょっとしたきっかけで始めた商売が上手くいき、仲間も巻き込んで、規模を大きくしていく展開です。その中で少年はビジネスのセオリーを学び、時にリスクをとって決断をします。始まりから終わりまで、ひとつの起業が成功し、完成する姿が描かれ、その中で大いに成長する少年のビジネススピリットが心地良い物語です。その中では、ビジネスに対する上記のような偏見も言及されます。しかし、ここでうたわれる価値観は、ビジネスに切磋琢磨することの素晴らしさであり、実際、主人公は人間的に成長しつつ成功を収めます。突き抜けた異色の児童文学です。
十二歳のフェリックスはこれまでも色々なアイデアで商売にチャレンジしたビジネス意欲が旺盛な少年です。いずれも上手くいくことはなく、巻き込んだ友だちに迷惑をかけることもありました。そんなフェリックスが思わぬところから、新しいビジネスのチャンスをつかむことになります。母親にバースデーカードを贈ろうと思ったフェリックスは、友人でイラストが得意なモーが、イラストをスキャンしてデータ化していることを思い出しました。それをプリントアウトさせてもらい、カードにして母親に贈ったところ好評で、次第に評判を呼び、自分にも分けて欲しいという声がフェリックスにも届きます。売ろうとしたわけでもないのに売れたことに驚いて、フェリックスはモーに相談して、本格的にカードを作って売ることを考えます。十枚をパックしたものを二十セット作ったものが、半月の間に十七パックも売れて、フェリックスは手応えを感じます。ここでフェリックスは普及しはじめていたインターネットで販売サイトを作ってカードを売ることを思いつきます。パソコンが得意なネッドを仲間に引き入れてwebサイトを開設してもらい、通信販売を始めるとさらに売上は増え、今度は収入や費用が整理できなくなって、数学が得意なエリーに帳簿つけをしてもらうようにもなります。注文が増えすぎて処理が間に合わなくなり、ついに家族にこのビジネスのことを打ち明けて協力を仰ぎます。そこで父親はフェリックスを自分の弟で起業家として成功しているルーファス叔父さんのところに連れていってくれました。叔父さんはフェリックスのビジネスへの姿勢を気に入り、多くの示唆に富んだアドバイスを与えてくれました。仲間四人で共同経営者として契約を結ぶことや、役割に応じた利益の分配方法や、リスクの取り方、税金の問題についてまで至ります。それは同時にビジネスを楽しみ、自己実現とする生き方をフェリックスに教えてくれるものでした。一方で、フェリックスもまた、今まで自分の家族と叔父さんが疎遠だった理由や、ビジネスマンとして成功していながらも叔父さんが抱える苦衷について知り、ささやかなアドバイスをすることになります。さて、多くの利益を出しながらも、多少、売上にかげりが見え始めた時、叔父さんはフェリックスにある提案をします。それはひとつのビジネスの終焉でもあり、次のステージに進む決断を促すものでした。思わぬ成功を収めた起業家フェリックスは、どのような道を選んでいくのでしょうか。
ビジネスライク、という言葉には、やや否定的なニュアンスがあります。事務的で杓子定規という印象があると思います。ビジネスライクな関係なんて言うと、冷たい感じがしますが、一方で、偏った情実による不公平や偏ったものがない公正さを示しているのではないかと思います。親しき仲にも契約あり、とは言いませんが、お金が絡むとなれば、そのあたりはビジネスライクにすることで、不幸な関係性にならならないのではないかと思います。本書でも仲間同士の関係性が、これによって守られた感があります。やや気にかかるのは、本書は才能がある、ビジネスの成功者になった人たちの物語であるという点です。自己責任でリスクを取り、勝ち抜けた人たちです。世の中には勝ち組だけではなく、うっかりすれば負けてしまうこともあり、そうした人たちを情実のセーフティーネットが救うことにも意味はあります。ビジネスライクが万能ではないという、ここもまた多面的に考えておきたいところです。ともあれ、本書は、ビジネスの向日的で良質なスピリットを人生に重ねていくものです。ビジネス書の言葉が人生の真理を言い当てる箴言のように響きます。そんなビジネスのスピリットが人を励ます物語といえば『十二番目の天使』を思い出します。家族を突然の事故で亡くした失意のビジネスエリートが、ビジネスに照らしながら少年野球のコーチをすることで回復していくビジネススピリットみなぎる、これも異色の物語でした。さて、ワークライフバランスの時代は、何のために働くかを人に問いかけるようになりました。ビジネス自体が面白いから働いているということもありますね。それでも欧米の人たちは、ビジネスで成功を収めたら、早目にリタイアするのが夢なのだとか。そういう潔さが成功の秘訣のような気もします。