テラプト先生がいるから

Because of Mr.Terupt.

出 版 社: 静山社

著      者: ロブ・ブイエー

翻 訳 者: 西田佳子

発 行 年: 2013年07月


テラプト先生がいるから 紹介と感想 >
先生が死にそうな物語では、たいてい先生は死にます。それなりの年齢で、重い病気にかかっていることが多いからです。一方、この物語に登場するテラプト先生は新任の若い男性です。学生時代にはレスリングをやっていたスポーツマンですが、まさかと思うような成り行きで、死にそうになってしまいます。その状況にいたるまでの第一章の見事な構成と展開。そして、胸を熱くしてやまない第二章の終わりまで、ぐんぐんと読ませて、読者を引き込んでいく、見事な物語です。登場する小学校五年生の子どもたち、それぞれを好きになってしまい、愛すべき子たちだと「次第に」思えるようになっていく展開に魅せられます。手に負えない、いたずらな子や、意地悪な子もいます。仲間はずれにされている子も、踊らされている子も、誰ともうちとけられない子もいます。それぞれの子どもたちの主観から交替で語られていく形式は、多角的に世界を見せるともに、視点の切り替えの緩急によって緊迫感も演出します。何よりも、子どもたちが、それぞれ「責任を感じている」こと。自分のせいで幸せになれなかった人のことを気に病んでいること。誰かのために祈りを捧げたい、ということ。そんな気持ちを抱きながら、痛みとともに生きている彼らが、いじらしく、愛おしくなる。それが「次第に」感じられるのがいいんですね。いたわしい気持ちにさせられるのは、人間が性善説で描かれているからではないかと思います。誤解があったり、先入観での思い込みはあるけど、それでも人は近づいていくことができる。そんな希望が描かれた物語です。さて、テラプト先生は大丈夫なのか。是非、多くの方に彼の安否を確かめて欲しいと思います。

七人の子どもたちの言葉で綴られていく物語。同じ教室にいるけれど、それぞれ、心に抱いているものは違います。優等生でプライドの高いルーク。いたずら好きなピーター。派手な格好をして、クラスの女子を牛耳っているアレクシア。彼女に翻弄されている太った子、ダニエル。その関係にまきこまれていく転校生のジェシカ。ひとりぼっちのアンナと、学校嫌いで人と関わりたがらないジェフリー。新学期、そんな彼らの前に現れたのは新任のテラプト先生。ユニークな授業やプロジェクトで生徒たちを巻き込んでいきます。どんどんと生徒に関わっていく先生は、これまで子どもたちが自分の世界に閉じ込めていたものを、すこしずつ解き放っていきます。先生の力だけでなく、子どもたち自身が自分たちの意思で心を寄せあっていくのもいいんですね。1ドル言葉という遊びを先生は子どもたちに教えます。アルファベットを数字に置き換えセントに換算して、単語の綴りの合計が1ドルになるようにする。頭の良いルークは夢中になって、物語の全編を通じて、1ドル言葉を探しています。そのオチが最後につくあたりもまたニクいところ。テラプト先生は子どもたちに色々な機会を与え、考えさせようとします。叱る時は、ビシッと叱りますが、まずは委ねてみるし、様子を見ている。ただ、そのタイミングを誤ったことが大きな事件をひき起こしてしまうのです。この大胆な展開で、子どもたちの心のドラマも大きく動きはじめます。

テラプト先生は子どもたち愛されてはいるけれど、その指導方法への疑問も、物語の中で、フラットな視点から寄せられています。型破りな先生礼讃ではなく、テラプト先生の反省すべき点も見えてくる物語です。実はテラプト先生がどんな人なのか、その生い立ちや家族がいないことなど、はっきりしないままなのです。全て子ども視点だし、先生自身の内省や心情が語られることはありません。ただ、彼の起こしたアクションが子どもたちに与えたものは確実にある。随分前に読んだ『今を生きる』という作品を思い出しました (映画があって、そのノベライズだったのかも)。情熱的な先生の指導が必ずしも成功するわけではないし、むしろダメなところもあるけれど、それでも子どもたちは先生を支持する、というあたりがツボだったと思います。この物語もまた、テラプト先生の思慮不足が引き起こしたことが、少なからずあります。とはいえ、なのです。良識を遵守しているだけでは突破できない壁もあります。先生を愛する子どもたちは、全面的に先生を支持します。その純粋さが、上滑りせず、ラストまで駆け抜けていく。ともかく、子どもたちの心の交感が読ませる、魅力的な物語です。後藤竜二さんの『12歳たちの挑戦』を想起させられる作品でもありました。余談ですが、読書好きのジェシカが読んでいる本が良いんです。登場するのは、ニューベリー賞受賞作の名作ばかりで、センスの良い選書です。テラプト先生が初対面のジェシカが持っていた『五次元世界のぼうけん』を、いい本だと言ってくれたことで、もうジェシカは先生に好印象を抱きます。そんな気持ちは読書好きの人はよくわかりますよね。