HOLES.

出 版 社: 講談社

著     者: ルイス・サッカー

翻 訳 者: 幸田敦子

発 行 年: 1999年10月


  紹介と感想 >
太っていて、さえてなくて、さらに運も悪い少年、スタンリー・ウェルナッツ。その名前は、ひいおじいさんから四代にわたって引き継がれたものでした。引き継がれたのは名前だけではなく、その運の悪さも。それもこれも、ひいひいじいさんが、片足のジプシーのばあさんの豚を盗んで呪われたせいなのです。代々のスタンリーは、憎むべき不運を「あんぽんたんのへっぽこりんの豚泥棒のひいひいじいさんのせいだ!」と毒づいてきました。ウェルナッツ一族の過去最大の不運は、株で大儲けをした初代スタンリーが、無法者<あなたにキッスのケイト・バーロウ>に襲われて、身ぐるみはがされ全財産を失ったことでしたが、今度は四代目のスタンリー少年に不運が訪れます。ほんの偶然から靴泥棒のぬれぎぬを着せられてしまったスタンリーは、逮捕されて、裁判も結審しないままに少年矯正施設グリーン・レイク・キャンプに送られることになったのです。そこで、スタンリーを待ち受けていたのは、灼熱の炎天下にスコップで大きな穴掘りを続ける過酷な労働の日々。そして、ウェルナッツ一家、代々に受け継がれた「不運」の総決算となる出来事だったのです。一件、無関係そうなエピソードがつながり、はりめぐらされた伏線が畳みかけられる、あっと言わされる物語の痛快さと、幸福なユーモア。なに、どんなに運が悪くたって、人生は悪いことばかりじゃない。そこにはきっと希望がある、と信じたくなる明るい物語です。ニューベリー賞他、各賞を受賞した屈指のYA作品。面白い児童文学を薦めるとしたら、まず筆頭にあがる、現代の代表的児童文学作品です。その定評は刊行から二十年近くたった2018年の現在、確固たるものとなっています。随分と久しぶりに読み返しましたが、やはり面白い作品ですね。

スタンリーが送致されたグリーン・レイク・キャンプでは、教育的指導として、少年たちがスコップで大きな「穴」を掘らされています。その作業にスタンリーも加えられるのですが、なにせ、元々、いじめられっ子で友だちもいなかった気弱な少年が、矯正施設のクセのある少年たちと渡り合うのですから、これもまた大変です。X線、脇の下、イカ、ジグザグ、なんて、変なあだ名で呼び合う、物騒でなにをしでかすかわからない少年たち。スタンリーが付けられたあだ名は「原始人」。それでもどこか彼らの仲間になったような、不思議な感覚もあり、スタンリーはここで、処世術を学んでいきます。色々な人種が集まってきていますが、皆、陽に灼けて、その肌は赤銅色。喉が乾くのも、筋肉痛に苦しめられるのも一緒なのです。やがてスタンリーは、孤児の少年ゼロと親しくなり、文字の読み方を教えるようになります。厳しい監視官と、奇妙な仲間たちに囲まれて、ここでの日々を過ごしていくスタンリーでしたが、どうも、ここでの穴掘りには何か秘密が隠されていることに気づきはじめます。失踪したゼロを探すためキャンプを抜け出したスタンリーは、過酷な自然環境を切り抜けて、恐ろしいキャンプ所長が、少年たちに穴を掘らせて必死に探していたものに辿り着きます。全ての謎が解け、伏線が結びつけられた時、思わず快哉を叫びたくなるワクワクする物語。ともかく楽しいから読んでみて、と手放しに薦めたくなる作品です。

太っていて、ふがいなくて、どうにもツイてない少年。そんなスタンリーの不運な物語ですが、彼の物語の傍らで語られていくサイドストーリーがどうにも魅力的です。スタンリーのひいひいじいさんや、<あなたにキッスのケイト・バーロウ>のエピソードなど、スタンリーが知るよしもない過去の出来事が、やがて不思議な因果でスタンリーの物語と関わっていきます。登場人物たちが気づかない、その連関を知るのは読者のみという構成も楽しいところです。何も知らないスタンリーは、不運を嘆きながら生きてきましたが、このキャンプで大きな成長を遂げます。めちゃくちゃツイていなかったウェルナッツ一家が、それでも失わなかった希望が、ここで花開きますが、すべての連関を知った後には、これは必然であったのだと感じると思います。ともかく魅力的な登場人物満載で、とくにキャンプにいる少年たちは、かなりクセがあります。それぞれが変なあだ名をつけられた理由が一切説明されないのも想像を刺激するところです。ちょっと乱暴なんだけれど、ところどころ、その内面が垣間見えたりするあたりも気になります。スピンオフ続編の『歩く』では、この作品で「脇の下」と呼ばれていた少年が主人公となっていて、ようやく彼の人となりが詳しくわかったりします。それぞれの人生が、誰かの人生の物語の上で交差していく。そんなふうに物語の空間が広がっていくところが良いんですね。この物語で個人的に好きなのは、少年たちがノルマの穴を掘り終えた時に、穴に向かってツバを吐くところで、そんなイキがった感じが良かったな。