ほとばしる夏

Trout summer.

出 版 社: 福音館書店

著     者: ジェイン・レズリー・コンリー

翻 訳 者: 尾崎愛子

発 行 年: 2008年07月


ほとばしる夏  紹介と感想 >
ひと夏の物語。ガール、ミーツ、オールドボーイ。家族がバラバラになっていきそうな予感。ままならないことに対する、常にそこにある怒り。自分自身への苛立ち。ありがちな構成要素でありながら、ありきたりにならず、充実した物語に仕上がっているのは、無論、作家の筆力なのでしょう。同じコンリーの作品でも、YA的ケレン味たっぷりの『クレイジー・レディ!』から『プラネットキッドで待ってて』を経由して、この作品に至っては、かなりの研ぎ澄まされた洗練がなされています。綿密。いい意味で、みっちりと目の詰まった編みこまれた作品。ささやかな事件の連続にすぎないのに、じっくりと語られる十三歳の少女のひと夏のもの想いと、彼女の視線を通して描かれていく家族や知り合った人たちの姿が、印象深く心に焼き付けられます。十三歳視点で捉えられた世界であるのに、彼女をとりまく大人たちの造形や心の奥が読者にはしっかりと伝わってくる。そして、丁寧に描かれる、主人公の心模様。山や川、森の空気を深呼吸するような読む快感。自然を描いているからだけではなく、ティーンの頃の「詩を愛する気持ち」のような清新さに溢れているからでしょう。なんだろう、まだ自分にはこうした主人公と気持ちがシンクロするところがあるのかな、どうなのかなと思っていました。そんな照れ臭さも、また良しです。

「夢見がち」というのは父親に向かない資質です。いくつになっても腰が落ち着かない、自分の興味第一の父親は、家族を置いてアートの勉強に旅立ってしまい、残された家族は、より現実的にならざるを得なくなりました。両親や弟のことが大好きで、家族幻想を捨て切れないシャーナとしては、家族が元通りに修復されることを願っていますが、それはなかなか難しいよう。母親の新しい仕事の関係で、都会暮らしをすることになったことも、自然の元で育った姉弟にとっては息がつまってしまう。郊外の渓谷に出かけた際に見つけた丸木小屋を借りた家族は、夏休みを、自然の中で暮らすことになります。ところが、森林管理管と名乗る傍若無人な老人が現れて、姉弟はせっかくのワイルドライフを邪魔されていくのです。この老人、偏屈で頑固、口が悪い。川の自然を守る大義のため、侵入者をゆるさないのです。子どもに優しくするなんて、そもそもやり方さえ知らない男。でも悪い人ではないよう。どこか気になるところもある。物語は類型通りに、この姉弟と老人の距離を、ゆっくりと縮めていきます。そんなひとつの出会い。父も母も弟も、シャーナの思い通りにはならない方向にそれぞれの歩みを進めていく夏。さまざまな形での別れを経験する夏。家族のこと、進路のこと、これからの自分のことに思い悩み、そしてひそかな決意を抱く夏。人生のターニングポイントとなる夏。そんな季節の輝きが、十三歳の女の子の視線を通して、非常に丁寧に描かれていく良作です。

老人と弟がカヌーのコーチを通して気持ちを通じさせていくのに、ささやかに嫉妬したり、母親との心の距離をはかりかねて微妙に感情をすれ違わせたり、父親への愛情は強いものの、身勝手な男のロマンは理解不能だったり。そして、失われたものは戻って来ないのだと、二度と戻ってこないのだと知ったり。失意の夏。でも、ここがはじまりです。悲しみをひとつ飲み込んで、そして、つぎのステップを上ろうとしている。あの「階段の踊り場」のような時期の、面映く、歯がゆい、気持ちの波動が、細やかな言葉で語られていきます。情景描写も良いし、人物を一切描かない静物だけのイラストも良かったな。物語は静かに進みながらも、ちょっとした冒険的クライマックもあったりして、そうした緩急もまた良しです。じっくりと耽溺できる一冊。ハデさはないですが、現代YAのひとつの完成形として、一読をお薦めします。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。