ビート・キッズ

出 版 社: 講談社

著     者: 風野潮

発 行 年: 1998年07月


ビート・キッズ  紹介と感想 >
新しい中学校になかなかなじめずにいた転校生の英二。ある日、同じクラスの女子、竹内望に、タイコを叩かないかと誘われます。どうして自分がタイコをと思いながらも、連れていかれたのは、旧音楽室で練習する吹奏楽部。そこでは英二と同じ二年生の菅野七生という男子が部活動を仕切っており、なぜか英二に注目していたというのです。なんだかわからないうちに、腕試しということで大太鼓を叩いてみたところ、その痺れるような余韻に英二は心を奪われてしまいます。こうして英二の吹奏楽部への入部が決まります。楽器店の息子である菅野七生は、楽器全般なんでもできるエキスパートでした。特にドラムの腕前はプロ裸足で、その全身の動き、奏でられるビートには、まるで花火が連続して弾けるような鮮烈さがあり、英二は感動してしまいます。楽器は巧いし指導力はあるものの、どこか、皆を近づけないような頑なさを持った少年、七生。英二は七生と親しくなっていくうちに、彼が吹奏楽部の中で浮き上がった存在であることを知ります。そして、英二がふいに知ってしまった七生の抱えている心の秘密。それは七生の出生に関わるものでした。家族の愛情に恵まれなかった痛みを、ずっと七生が我慢しつづけていることに英二は気づくのです。

英二は病弱な優しい母親と、酒を飲んでは馬鹿ばっかりやっている父親と一緒に暮らしています。裕福ではないけれど、愛情に溢れた家庭です。天然ボケでお人よしだけれど、素直でまっすぐに育った英二。そんな英二だからこそ、七生に「辛いときには泣くもんやで」とストレートに諭すことができます。完璧な演奏を求めてしまう七生に、吹奏楽部のメンバーを道具のように考えて欲しくないと訴える英二。人間は楽器じゃない。ただの楽器は寂しいときに慰めてはくれない。英二の気持ちは七生の心に響いて、やがてコンテストに向けて、七生を中心にした吹奏楽部は本格的な一歩を歩みだしはじめます。七生と教師の対立や、英二の家庭の問題などトラブルは色々と発生します。自分の存在を情けなく思ってしまったり、ふがいない父親に腹をたててみたり、母親の身体を気づかったり、新しく生まれてきた妹の病気を心配したり、感情過多な英二は心の休まる暇がありません。アップダウンが激しくて、燃え盛る気持ちに熱くなったり、急にしょんぼりしてしまったり、泣いたり、笑ったり。英二の心同様に、すべてに全力の物語は疾走感を増していきます。家族や友だちを愛してやまない英二の感情のほとばしりが、関西弁のビートにマッチして、軽快に、それでいて、じっくりと胸に沁み込んでいきます。中学時代を走りぬけていく英二の心の成長がさわやかに描かれた作品です。

吹奏楽部やブラスバンド部を題材にした作品が、小説に限らず良く見かけられる昨今です。一心に自分の楽器に打ち込む真摯さや、アンサンブルというものが持つ象徴性もありますが、文化部としては華がある存在だからかも知れません。教室の「雑音」から逃れた「聖域」としてのクラブ活動は、学校のアナザーサイドとして重要なものです。そこでは、教室では見せることできない、自分の本当の顔をさらけ出せるのかも知れません。それにしても、素直に友だちの前で泣けただろうか、と自分の中学生時代を思い出し、難しいものを感じていました。内向的だった僕は、感情表出を抑えることで自己防衛をしてきたところがあって、本当はもっと自分をさらけ出して、恥をかいても良かったなと、後悔することもあります。シラケたような顔をしている方がクールだった時代だったとはいえ、この物語を読むと、ごく素直にこういう友情が理想だったなと思ってしまうのです。友だちって大切だよね、なんて今さらながらだけど、あえて言葉にするべきことなのかも知れない。誰しも「僕がいなくなればいいんだ」なんて気持ちを抱いてしまうことはあります。それは、子どもの時だけではなく、大人になってからも囚われてしまう心の妄執です。他の人から肯定して欲しいわけではない。慰めが欲しいわけでもない。それでもどこかの誰かと共鳴したいなんて、オトナげない気持ちがみんなあるんですよね。なにごとにも唇をかみ締めて我慢するのが大人です。でも、恥ずかしがったり、拗ねたりしないで、もうちょっと、自分をとりまく世界と手をつなごうとする気持ちあれば、違う局面を迎えられるものかも知れません。それは今からでも遅くないのかな、なんて、大人にも思わせてくれる児童文学もあるのです。