シフト

Shift.

出 版 社: 福音館書店

著      者: ジェニファー・ブラッドベリ

翻 訳 者: 小梨直

発 行 年: 2012年09月


<  シフト  紹介と感想>
夏の旅。東海岸にほど近いウエストバージニアから、アメリカ大陸を横断して、西海岸までの5,000キロ近くを自転車で踏破する。ゆうに二か月はかかるだろうこの計画にチャレンジするのは、クリスとウィンの親友同士です。高校を卒業して大学に入学するまでの長い夏休みを、二人はこの冒険旅行に費やそうとしていました。クリスは父親が建設会社で重機のオペレーターをしている、ごく普通の家庭の子。それでも心配する母親を説得することは難題でしたが、家庭の事情が複雑なウィンは、親の説得にもっとエネルギーが必要でした。ウィンの家は代々の資産家で、父親は高名な実業家です。ビジネスにおいては専横で高圧的な人物であり、自分の息子に対しても理想をおしつけます。たいした成績もとっていないウィンが、アイビーリーグの名門大学に進学することができるのも、多分に父親の力が影響しています。父親の圧政下にあって、ウィンの反抗心による自己主張は、それでもささやかに問題を起こす程度にとどまっていました。からくもウィンが父親の許可を得られたのは、子どもの頃からの親友である真面目なクリスが一緒だったからかも知れません。二人の自転車旅行は、キャンプや野宿をしながらの過酷なものでした。シャワーもろくに浴びることができない日々。それでも、旅の途中で多くの人たちと知り合い、交流し、時に二人で張り合い、競いあいながら、楽しい旅を続けてきました。ところが、旅の終わりを間近にして、ウィンが、ふいにクリスの前から消えるという事件が起きます。パンクして遅れたクリスを道路に残して、ウィンは一体、どこに行ってしまったのか。そして、そのまま、ウィンはクリスの前に戻ってこなかったのです。

「♪ 旅の途中で添乗員、いなくなる、いい意味で」というのは、ラーメンズのコントで出てきた歌ですが、おそらく添乗員は「友だち」になったのではないか、というのが良識的な解釈です。知らない同士が、旅という体験を一緒にすることで、仲良くなって友情が芽生えることはあります。一方で、関係が険悪になってしまうこともあるようです。友だち同士で旅をした時に、意外な一面を知って、不信を抱くようになることも、ままあるのではないかと思います。この物語では、親友同士が旅をして、とくに仲たがいしたわけでもないのに、一人が途中で忽然と消えてしまうという事態が生じます。どうしても彼は見つかりません。クリスは一人で西海岸まで行き、大陸横断を達成して、再び、ウエストバージニアの我が家に帰ってきますが、ウィンとは連絡がつかないままです。そしてそのまま、ウィンは行方不明者となります。普通の日常に戻ったクリスは、大学に進学して、新しい生活を始めます。しかし、クリスには、次第にウィンの父親からの圧力が加わり始めるのです。あの自転車旅に、二万ドル近い現金をウィンが持参していたことや、最期にウィンを見た人間がクリスであることから、何か良からぬ企みがあったのではないかと疑われているようです。ウィンの父の息のかかった捜査官がクリスの周囲をうろつくようになり、クリスの父の職場にもその手が及び、穏やかな気持ちでいられなくなっていきます。一体、ウィンはどこに行ってしまったのか。やがて、あの旅で知り合った人たちから届いたハガキの中に、どうして思い出せない名前が書かれた差出人のものをクリスは見つけます。もしかすると、これにはウィンが関わっているのではないか。謎めく物語は、あの旅を回想するクリスの現在の視点から進行していきます。あの旅のどこかに、ウィンがいなくなるヒントが隠されているのではないか。ミステリー仕掛けの展開に、ひきつけられる物語ですが、真相はYA的です。

訳者あとがきによると、本書の原書では、表紙に「離れていく友達もいれば・・・・・・消える友達もいる」という惹句が書かれているそうです。これはもう二重の意味で、この作品のテーマを書いてしまっているような気がします。邦訳版の表紙にも内容を暗示する言葉がおどっていますが、こちらはわりと意味深ですね。友情もまたシフトします。子どもの頃からずっと一緒にいた親友同士の足並みが揃わなくなっていく季節を描いた「友情の終わり」の物語は良くあります。その気持ちのすれ違いは、恋愛の終わりを描く作品よりも、静かな諦めのようなものがあるかと思います。「つきあう」とか「別れる」とか、もともとはっきりしていないからでしょうね。友情の「発展的解消」というと簡単ですが、そこにいたる双方の心のドラマには、それぞれの成長過程や気づきが含まれていて、非常に複雑な思惑が絡み合うことになります。恋愛と違って、もとよりお互いを見つめていたわけではなく、それぞれが自分の前を向きながら伴走していた関係です。友情がほどけていく過程は時間をかけて進行するものですが、この物語のように一瞬にして「消える」ことで、二人の分岐点が示されることは象徴的だと思います。

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