緑の模様画

出 版 社: 福音館書店

著     者: 高楼方子

発 行 年: 2007年07月

緑の模様画  紹介と感想>

若くて元気、とはいえ、ただただ「天真爛漫」というわけにはいかないのが少女時代かも知れず、自己卑下や自信喪失のうちにウツウツとしていることも多いのではないかと思います。世界中から見放されたような気持ちで屋根裏部屋でヒザを抱えている。それでいて、自分でも気づかない「倣岸の棘」を隠しもっていて、鋭く誰かを刺し貫いていることもある。そんな邪気のない残酷さ。高楼方子さんが描く少女たちは純粋で高潔でありながら、どこかコントロール不能な危うい心性を抱えて彷徨っているような気がします。『誰かに憧れられるのではなく、絶えず憧れる側にいる』と自分自身のことを思い込んでいた『時計坂の家』の少女は、憧れの存在に自分が届かないことを静かに諦めていました。現実の自分に自信がないゆえに何かにすぐ心を惹き寄せられてしまい、やがて幻想の世界に迷いこんでしまう。そして、本当は「主人公でもあった」自分自身に気づいていくことで得られた心の成長と「自尊心」の芽生え。彼女が世界に目を見張り、そこからどんな景色を見ていたのか知りたくなります。柔らかく、それでいて鋭い感受性が見つめる研ぎ澄まされた世界を主人公と一緒に体験できるのが「高楼方子の世界」の魅力ではないかと思うのです。久しぶりの高学年向け長編作品である(この文章、2007年頃に書いたものです)本書『緑の模様画』は、期待に違わず、高潔な少女たちの背筋の伸びた心地よい物語でした。さらには「少女的なるものとは何か」というメタ・ガーリッシュな含みも持っていました。ここには物思いに沈みがちな読書好きの少女たちを励ます力強いメッセージがあります。「Don’t underestimate yourself」。待望の、本当に待望の、高楼方子さんの新作長編。しっかりとした手ごたえを感じられる一冊です。

これは三人の少女と、彼女たちを見守る一人の「青年」の物語です。もうすぐ中学校に進学する直前の春休みに出会った三人の少女。まゆ子、テト、アミ。とあるきっかけで話をはじめた三人は、『小公女』の物語のことで意気投合し、すっかり仲良くなります。それは早春のバスの中、つい話に夢中になってはしゃいでしまった三人は、周囲のヒンシュクを感じとって恥ずかしくなります。元来、女の子はそうしたもの?。本当は、明るくほがらかだけでもいられない複雑なことも色々とあります。まゆ子は小学校生活の最後を失調から学校に通うことができなくなってしまっていたり、テトもアミも、ちょっと複雑な家庭の事情があります。アミは両親と離れて暮らすため、春から、伝統ある女子校の寮に入ります。その寮の舎監がテトの母親であり、シングルマザーとしてテトを育てた気丈な女性である通称ミズネヅ(敬意もこめて、根津さん、ということですね)。ミズネヅの学生時代の後輩で友人であるのがまゆ子の母という関係です。この三人が仲良く連れだっている時、ふいに不思議なことに遭遇することがあります。それはあの春の日のバスから始まっていたこと。でも三人は、その始まりに気づいていない。彼女たちを見つめる視線は「永遠に少女なるもの」の輝きを見ていたのです・・・。

物語はさして起伏のないままに進みます。テトとアミが春から勉強する、この学校の寮のすぐそばには、「塔の家」と呼ばれる古い建物があります。そこには、かつてこの学校の女生徒に失恋して身投げしたという青年の霊が出るという噂もあります。たわいもない女の子たちの噂話は、何十年も繰り返され、ちょっとした伝説も生まれています。それもまた女の子的なもの、だったりするのですが。『小公女』、『伝統のある女子校』、『塔の家』、物語を彩るメタファーは、浮世離れした不思議な雰囲気を醸しだします。そして、ついに、この物語の本当の主人公が登場するわけですが、それは読んでのお楽しみで、是非、この物語の構成のハーモニーを楽しんでいただければと思います。この本の公式の内容紹介『海の見える坂の街。早春から初夏へ。うつりゆく緑に彩られて少女たちがつむいでゆく、きらきらとした日々のタペストリー。『小公女』への思いが、心の窓を、時間の扉を開く。』、これは、なかなか美しくも秘密めいた文章ではないかと感心しています。ロマンティックな期待を沢山抱いて読んでいただけたらな、と思います。「自分の残酷さに気づかないまま、取り返しのつかないことをしちまうんだよ、女の子は、ときに」、学校の寮母の森さんが、かつて聞いたという、その言葉を三人の少女たちに教えます。無邪気な聖性だけではなく、危うい棘を孕んでもいる存在であるがゆえに、少女たちに近づくことは難しい。少女たち自身もまた、己の棘に刺されて身動きがとれなくなることもある。明るい世界の象徴としての手放しの少女賛歌ではなく、時に沈み込んでしまう心をどうにかして励まし、奮い立たせる、そんな気持ちが描かれた作品です。純粋であるのに、どこか影を帯びた、「高楼方子の世界」の雰囲気を好まれる方には、是非ともお薦めしたい作品です。