出 版 社: 鈴木出版 著 者: ミタリ・パーキンス 翻 訳 者: 永瀬比奈 発 行 年: 2016年06月 |
< モンスーンの贈りもの 紹介と感想>
物語の縦軸は、十五歳の女の子の片想いです。主人公の少女は家族とともに母親の生まれ故郷であるインドにしばらく滞在することになるのですが、主人公のジャズの心を占めているのは、カリフォルニアに残してきた片思いの少年、スティーブへの想いです。ジャズとスティーブは幼なじみで親友であり、一緒に始めたビジネスのパートナーでもあり、四六時中一緒にいて離れることはありません。頭が良く、カッコも良く、スポーツも得意で、優しい人柄であるスティーブは学校でもモテます。そんなスティーブのいつもそばにいる自分は、父親譲りの大柄で、まるでスティーブのボディガードのようだと、スティーブに秋波を送る女子たちに思われています。そんな可愛くない自分であるために、スティーブに抱いている恋愛感情を伝えることはできず、それを伝えたら友人としての程よい関係も壊れてしまうのではないかと恐れています。次第に募っていくジャズのスティーブへの想い。そんな折、スティーブのそばを離れてインドにしばらく滞在しなければならなくなるのです。他の女の子がスティーブに近づくのは目に見えています。現地ではメールが使えず、たまの電話しか通信手段がない状況で、スティーブへの想いを拗らせていくジャズはどうしたのか。そんな全編を通じて恋心に翻弄されている少女が、このインドでの滞在で自分の魅力に気づき、そのビジネスの才覚で人助けを行う横軸が重なります。思春期の葛藤とグローバルな体験が、十五歳の少女を成長させていく、これもまた「この地球を生きる子どもたち」シリーズらしい一冊です。いや、なんとも得恋の甘さのある物語であり、その点はこのシリーズでも異色かも知れません。
カリフォルニア州のバークレーに暮らしている高校一年生の十五歳の少女、ジャズことジャスミン。友人のスティーブと一緒に始めた、特別な絵葉書を作って観光客に売るというビジネスが成功して、それなりの収入を得られるようになっていました。もっともジャズが信頼して、仕事を任せたホームレスの女性に裏切られ、売上や機材を持ち逃げされるという苦い経験もしたことがあります。貧しい人たちを支援する社会活動家の母親譲りの篤志家の資質も持つジャズですが、この体験は、彼女の自信を無くさせるものになっていました。頭が良く、スポーツも得意なジャズは、ビジネスを成功させたりと、もっと自信を持っても良いのに、どこか劣等感に沈んでいるのは、その父親譲りの大柄な体型のせいです。小学生の時から175センチも身長がある自分は、華奢な女の子たちのようには可愛くない。その自覚は、親友のスティーブに恋心を抱くようになってからは、余計、ジャズを苦しめます。そんな折、インド出身のジャズの母親が自分が育った孤児院への恩返しのために里帰りをすることになり、家族揃って、夏休みにインドに滞在することになるのです。スティーブのこともあり、気が気ではないジャズ。スティーブはこまめに手紙をくれるものの、自分の想いを打ち明けられないジャズは返信することもできません。インドの女の子たちが華奢で精悍なことにまたコンプレックを刺激されるジャズでしたが、逆に、現地の女の子からは、ジャズのように大柄で色が白いことが、ここでは美しいとされるということを聞かされます。スティーブに恋心を打ち明ける手紙を出すかどうか悩めるジャズに訪れた転機は、自分がバークレーでやっていたビジネス体験でした。インドのモンスーンの季節。その恵みの雨のように、悩めるジャズのインドでの数々の体験が、美しい思い出の粒になっていくハッピーな物語が展開していきます。
ジャズの転機は、自分たち家族の世話をしてくれることになったインド人の孤児の少女、ダニタとの出会いです。彼女と親しくなったジャズは、孤児であるダニタが、年配の、あまり好ましくない男性の後妻にさせられようとしていることに憤慨します。ダニタの妹たちも一緒に引き取ってくれる好条件なのだというのですが、一人の女性の将来として、ダニタになんとか自立の道を歩んで欲しいとジャズは考えます(ジャズのお母さんがかつてダニタと同じ孤児院で育ち、アメリカ人の里子となって、現在に至っていることも影響しているのでしょう)。ダニタは手芸ができ、アクセサリーのデザインを得意としていました。これをビジネスにして自活できれば、意に沿わない結婚をしなくても済む。ジャズはダニタに、リスクをとってでも、ビジネスを起こしていくことを説得します。そのために、ダニタには内緒で、自分がビジネスで貯めたお金で、起業家向けの金利0のリボルビング・ローンから発想を得てた基金を孤児院に基金を設立し、ダニタの起業を支援します。こうした中で、かつて人に騙されたトラウマや、外見のコンプレックスなどを乗り越えて、スティーブとの恋を成就させていく勇気をもらうというハッピーな展開を迎えます。いや、当初からスティーブもジャズが好きなことは見え見えなのですが、ジャズが自分に自信が持てないため、まったくそこに気づかないことも面映いところなのです。やや苦味があるところとしては、インドにおいてカースト制度が未だに価値観の根底にあり、ジャズの白い皮膚と大柄な外見は、インド的には高いカーストを想起させられる、という褒められ方をするあたりです。無論、それでジャズが自信を持つわけではなく、価値観の違いの端的な例ではあるのですが。まあ、そんなことに囚われること自体が、そもそも馬鹿馬鹿しいということなんでしょう。人見知りだったジャズのエンジニアのお父さんが、孤児院のシスターたちにコンピュータを指導することで、人と打ち解けて行けるようになったりと、「インドに行くと人は変われる」幻想が、そこかしこに現れます。そんなインドロマンは偏見と思わず、好意的に受け止めたいところです。