ルール!

Rules.

出 版 社: 主婦の友社 

著     者: シンシア・ロード

翻 訳 者: おびかゆうこ

発 行 年: 2008年12月


ルール! 紹介と感想 >
心に浮かんだ、なんだかはっきりしない気持ちを捉えるために、いつも沢山の言葉を使って文章を書いています。感想文は、読後のモヤモヤとした気持ちを「言葉」で真空パックする試みなのです。気持ちを映す言葉を探して、それを組み合わせて文章を書く。レトリックを駆使して表現を凝らすことは、僕の最大の楽しみであり、娯楽です。だから、ついつい長く回りくどくなってしまう。ところで、この物語には、表したい気持ちがあるのに、限られた数の言葉しか使えない少年が登場します。ジェイソン。車椅子に乗った十四、五歳らしき少年は、身体が不自由で、口も利けず、そのために「言葉が不自由」です。でも心はどういう状態なのか。気持ちを伝えるために、彼は何枚もの単語カードを持っています。その数枚を叩いて示して、意思を伝えようとします。でも「お母さんが与えてくれたカード」だけでは、伝えたい気持ちに届かず、心が閉じ込められてしまう。そんなもどかしさ。病院の待合室でジェイソンと出会った女の子、キャサリンが作ってくれたカードは、『マジ最高!』『マジむかつく!!!』『どうでもいいけど』なんて、これまでになかったものばかり。こうして、ジェイソンはそんな気持ちも表現できるようになるのですが・・・。さて、この作品、実に清新な心のドラマなのです。ジェイソンのカードは少なく、組み合わせてもたいした表現にはならない単語の羅列です。でも、そんな文章とも言えない拙い言葉から伝わってくるものは大きい。詳しく説明しなくたって、その余白は、多くのものを語っているのです。ニューベリー賞オナー受賞作。障がいを描く児童文学作品は多いのですが、そこに描かれるのは「不自由さ」ではなく、もっと広く自由な心の世界です。また一冊、魅力的な物語が誕生しました。

この物語の主人公はジェイソンではなく、キャサリンの方です。キャサリンは、ごく普通の女の子の世界と、もうひとつの世界を行き来しながら暮しています。もうひとつの世界とは、自閉症の弟、デービットとの世界。デービットは、社会性やコミュニケーション能力の発達が遅れているため、思わぬ行動を人前でとってしまいがちです。キャサリンはいつも心配していなければなりません。なんとか、デービットが普通の生活を送れるように、家の中には沢山の「ルール」が貼ってあります。例えば、『たべるときは、口をとじます』、なんてあたり前のことから、『たのしくてわらう人もいれば、ばかにしてわらうやつもいる。そういうやつには気をつけます』なんて、ちょっと複雑な処世訓もある。それでも、なかなかうまく世の中とわたりあえているわけではありません。いえ、デービットが気づけないことを、キャサリンが代わりに敏感に気づいてしまうのです。キャサリンは、デービットのような子に対して、世の中の人たちが向ける視線を良く知っています。その視線に、キャサリンもまた傷ついています。だから、デービットを連れて行く病院で親しくなったジェイソンにも、そんな視線が向けらることを想像して、とても「いたたまれない」気持ちでいるのです。だから、他の友だちに、親しくしているジェイソンがどんな子かということも話すことができなかったし、ジェイソンと一緒にダンスパーティーに誘われた時も、断る理由をさがさなければならなかったのです。それは、ジェイソンが哀れみの視線で傷つけられてしまうのを見たくなかったから、だけなのか。キャサリンの悲観が作る、世の中の「ルール」。でも、自分が作った「ルール」で狭くしてしまった世界が、本当はとても広いものなのだということに、やがて気づかされるのです。現実は何も変わるわけではないけれど、色々な気づきによって、世界が変わって見えていく、そんな心の成長を描いた瑞々しい物語です。

この物語に出てくる、色々な「ルール」が、なかなかウィットに富んでいて良いのです。デービットのルールもあれば、キャサリンのものもある。各ルールが章題にもなっていて、例えば『あいてのことがなんにもわかってないのに、わかった気になっている人がいます』なんて「ルール」は、箴言のように、物語を照らしながら真理をついてくるメタファーの効果もあります。『アーノルド・ローベルの本に出てくる、かえるくんとがまくんのせりふは、かなりつかえます』という変なルールもあり、そのまま、あの作品の台詞がデービットやキャサリンから口にされることがあるのですが、物語のコンテクストの中で、なんていうことのない一言が輝きを放ち、お見事、としかいいようのない、巧妙さを見せつけてくれます。実に、にくい作品ですね。ところで、キャサリンの存在は、ジェイソンのお母さん的にはどうなんだろうか、と考えていました。ヨソの女の子に作ってもらったカードを使って、息子が、自分の言いたいことをいい始める、なんて、ちょっと、母としては、面白くないところがあるのではないか。それとも、こうした自立を良しとして、見送ることができるものなのか。そんなことは書かれていませんが、書かれた文字の裏側にもまたドラマがあるのだろうと、想像される物語でした。実に巧妙です。感想といいつつも、毎度、ズラズラと言葉を並べて作品について説明をしている僕は、考えさせられました。これからは虚飾を排して実のあることだけを言葉にします、と反省しながらも、無理なんだろうな。煩悩であり、業でもある、言葉道楽は続きます。きっと。

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