夢の彼方への旅

Journey to the river sea.

出 版 社: 偕成社 

著     者: エヴァ・イボットソン

翻 訳 者: 三辺律子

発 行 年: 2008年06月


夢の彼方への旅  紹介と感想 >
事故で両親を失った女の子、マイア。身寄りを無くした彼女は、遺された資産を頼りに、ロンドンの名門校の寄宿舎で暮らしていました。二年間、ひとりで辛い思いに堪え、友だちの前では気丈にふるまってきた彼女に、ふいに遠縁の親戚、という人たちが見つかります。親しんだ友だちと別れて、一人で親戚の家に引き取られることになったマイア。でもその親戚が住んでいるのはロンドンから遠く離れたブラジルのアマゾン川流域。マイアの親族たちのように、新興国で一旗あげようとする白人たちが多数移り住み始めていたというものの、いまだ未知のインディオたちも健在な、ボタニカルな名残もある時代の南アメリカ。そこには驚異の自然が待ち受けています。アリゲーターやピラニアがいたり、恐ろしい伝染病もある未開の土地。学校の友だちは恐れをなして心配するものの、賢く好奇心に富んだ少女であるマイアは、新天地での冒険に満ちた生活にひそかに希望を見出していました。しかも親戚の家には、自分と同い年ぐらいの双子の姉妹もいるそうなのです。これは楽しみではないか。現地で家庭教師を務めてくれるミントン先生と一緒に長い船旅に出たマイア。船上では旅劇団の少年俳優クロヴィスとの出会いもあったりして、新生活の幸先はいいかと思いきや、この親族の家というのがなんとも困った人々で、というのは物語の定石通り。無論、双子だってイジワルなのです。屋根裏部屋にこそ入れられないものの、ちょっと不遇の暮らしを強いられることになったマイア。現地に馴染もうとせず、英国風の暮らしに固執するこの親戚の家族と一緒では、期待していたワイルドライフはほど遠いというもの。それでも失意ばかりではありません。不思議なインディオの少年との出会いもあったり、クロヴィスとの再会もあったり、そして、ロンドンの貴族の末裔である行方不明の少年にまつわる謎めいた人間模様があったり、複雑に物語は絡み合って進んでいきます。果たして、賢明な少女マイアは、夢の彼方に理想の居場所を見つけ出すことができるのでしょうか。

オールドファッションな物語です。物語の中で少年俳優クロヴィスの旅劇団は演目として『小公子』を上演していますが、『小公子』や『小公女』、『秘密の花園』のような、両親を失った子どもがお屋敷に預けられて、という貧富のアップダウンはげしい時代の孤児モノめく展開が想起させられる物語です。物語の個体発生は、系統発生の中の先祖がえりで、古き良きスタイルが踏襲されることがありますが、類似点で言えば、エイキンの『ウィロビー・チェースのオオカミ』が思い出されます(もっともエイキンとイボットソンはひとつ違いなので、同じ文学的土壌にいるのかも知れませんが)。『ウィロビー~』では、両親を亡くした孤児の女の子が引き取られたのはウィロビー高原に建つ広大なお屋敷。いとこの女の子、謎めく家庭教師、さまざまな陰謀、実は高貴な血を引く賢い少年(これは続巻以降であきらかになります)、そして「英国魂」もまた。こうしたパーツが登場するだけでも、面白い物語の予感にドキドキさせられるものです。というわけで、児童文学ファンのツボをぐいぐいと押してくれる『夢の彼方への旅』。さらに、二十一世紀に生まれたこの作品には、プラスアルファされた魅力があります。

もっとキャラクターたちが暴走しても良いんじゃないか、とか、マイアがもう少し主体的に活躍しても良いんじゃないか、とか、あのちょっと自虐的な感傷癖なんかも発揮してくれたら、イボットソン流のユーモア&ペーソス全開になるのに、なんて、ファンタジー系のはじけた作品と比べて残念に思ったところもあります。それだけイボットソンのユーモアには期待値が高い、ということなんですね。また、各場面は面白いけれど、ちょっと冗漫な感じもしました。一方、ケレン味は少ないものの、しっとりとしたところもあって、両親を亡くした少女のリアルを垣間見せるマイアの心境には、グッと気持ちを引き寄せられるものがありました。川をながめているのではなく、川で暮らしていたい。マイアの心から失われていたものは、物語終盤のアマゾンでの新しい生活の中で、埋められていきます。そこには、なかなかふっ切れることができなかったマイアの葛藤がありました。自分は今、精一杯、生きていないんじゃないのか。主人公がこうした内省的な煩悶を抱くことは、児童文学というよりはYA的です。果たして、セドリックやセーラはそんな心境にあったのか。古典的児童文学物語の枠組みの中で、もうひとつ先のメンタリティが描かれていくのは、驚くべきところ。王道もまた進化するのですね。翻訳児童文学好きが選ぶアワードである、2008年やまねこ賞も受賞した本作品。読み応えのある一冊です。 ”

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