出 版 社: 理論社 著 者: 小野裕康 発 行 年: 2000年04月 |
< 日高見戦記 紹介と感想>
八幡太郎こと源義家といえば、十一世紀中葉に起きた後三年の役で活躍した武士の棟梁であり、後の源頼朝など武家としての源氏の祖となった人物として知られています。この作品は、その源義家に仕えた少年、滝丸を主人公にした実に奇想に満ちた物語です。終盤に判明することですが、義家が異星人の血を引いているという設定自体にぶっ飛びます。兎も角も、ファンタジックで意表をつく展開にも驚かされますが、一方で、歴史的背景も重要で、前段となる前九年の役からこの物語の舞台となる後三年の役の奥州情勢がまずありきなのです。日本史選択の受験生の頃は、こと細かく覚えていたことですが、さすがに忘れてしまっていて、おさらいしましたが、まあかなりダイジェストされ、史実とは違う劇画的展開となっているので、知識不要で、ただただ楽しめます。かつて父、頼義に随行して陸奥国の蝦夷の勢力を鎮圧した源義家。美丈夫で智略に富み、武芸に秀でたスーパーヒーローである彼は、逆に妬まれて、都で冷遇されていたところ、再び勢力を盛り返した奥州の反乱軍、日高見国を征伐するための切り札として、大将軍に任じられ進軍することとなります。坂東(ほぼ現在の関東)に住む少年、滝丸は友人のヨドリに誘われて、褒賞を条件に志願兵を募る義家の征討軍に加わろうとしますが、まだ十二歳であることで断られ、それでも偶然、義家とまみえたことから、軍に随行する商人の荷車を押す人夫として帯同を許されます。ヨドリは早々にこの勤めに嫌気がさして故郷に逃げ帰ってしまいますが、滝丸は一人、ここに留まることを決めたのは、義家の抗いがたい魅力や器量に魅入られてしまったからかも知れません。中世の暗黒世界にひしめく不可思議と、後に台頭していく武家の勲しと、善悪の彼岸を超越した義家の存在感と、無常と希望が交錯する世界観に圧倒されるジャパニーズファンタジーの白眉です。
義家の軍に帯同していた滝丸は、やがて、義家側近の陰陽師である道摩の牛車の世話を任され、誰もこの牛車に近づけないように守ることを命じられます。この牛車には何かが乗せられているのですが、決してこれを見てはならないし、見たら死ぬ、と滝丸は脅されます。以前より牛車を守っていた侍である小藤次や、その子分の蓼丸や毛呂太とも滝丸は親しくなり、この牛車の中には「鬼」が匿われており、その力を得て道摩が妖術を使えることを知らされます。道摩の妖力で死者に口をきかせたり、その先見の力で戦術をたてている義家。この牛車の「鬼」こそが、征討軍の秘密兵器なのだということが滝丸にもわかってきます。ところが、道摩が占いに使う生贄を、小藤次たちが適当にごまかしたために、先読みに狂いが生じて、軍は大きな水害に巻き込まれ、牛車は大破。果たして、その中に乗っていたのは、朝虫と名乗る都から連れてこられた少女でした。彼女の憑人(よりまし)としての力を道摩が利用していることを滝丸は知ります。朝虫は人と交わることでその力を失っていきます。とくに彼女が、滝丸に対して特別な気持ちを抱きはじめてしまったがために、滝丸は道摩に殺されそうになるところを義家に庇われ、先遣隊の一人として、その特技でもある物見の役を任じられます。こうして、先んじて奥州の奥地に入りこんだ滝丸は、味方の反乱にも巻き込まれ、取り残されたところを敵軍に捕らえられますが、なぜか歓待され、客人としてもてなされます。そして敵軍の一部であるコロボックルたちと親しくなり、その考え方にも驚かされるのです。滝丸(たきまる)と同じ名を持つ敵将、大多鬼丸(おおたきまる)に、義家の人となりを尋ねられた滝丸は、ずっと自分の心中にあった疑問を吐露するところとなります。物語の中の善悪が揺らいでいく予感が次第に大きくなり、この世界の深淵が見え始める展開が実に魅力的です。
慈悲の心を持つ素晴らしい侍大将であり、その優れた容姿や智略や武力で都や坂東の人々を惹きつけてやまない八幡太郎義家。滝丸もまた焦がれるような憧れを抱いています。一方で、義家は非情な策略を平然と行う残酷な側面もあります。妖術使いの道摩でさえ、義家によって弱みを握られ使役されているのです。善や悪を超越した義家という人物、周りの人々の苦しみをよそに、彼だけが金色に輝き続ける威光が備わっているのは、実はその血筋によるものやも知れません。一方、義家が討伐しようとする奥州の日高見国の人々は、それぞれの目的を持って結束した混成チームであり、一枚岩ではありません。特にコロボックルは、私欲なくこの土地を守ろうとしている人々です。彼らを支援しているのが、ヒメキビトと呼ばれ畏怖されている人ならぬ者たちです。その長い長い一生を終えるため、異星から飛来した光り輝く人々は、奥州の日高見の地とコロボックルを愛し、一方、金に執着する強欲な人間たちを嫌悪しています。その血を受け継ぐ大多鬼丸と、大多鬼丸と浅からぬ因縁のある義家。圧倒的な強さを誇る義家と、この土地の豪族たちとの激しい闘いや、コロボックルたちの活躍など読みどころ満点の展開は続きます。こうした中で、滝丸は、仲間やコロボックルたちと心を通わせ、自分が何を信じれば良いかを見出し、朝虫を守ることに死力を尽くしていきます。それぞれ個性的なキャラクターたちの心の機微がまたいいんですね。まだ幼い滝丸と朝虫の関係が育っていくあたりなど、莞爾とせざるえないところです。よくわからないことにすぐ機嫌を悪くする都の女の子の気持ちなど、田舎育ちの純朴な少年には無縁なもの。しかもじっとこちらの出方をうかがいながら、やたら突っかかってくる。で、実は猛烈に好きになられているなんてツンデレ加減は、少年にとって未知のワールドです。そんな深淵もあれば、もっと広く深い世界も存在するのです。滝丸が「義家という存在」を見極める心の旅の終わりが、未来を照らし出す物語の終焉は圧巻です。