12分の1の冒険

The sixtyーeight rooms.

出 版 社: ほるぷ出版

著     者: マリアン・マローン

翻 訳 者: 橋本恵

発 行 年: 2010年12月


12分の1の冒険   紹介と感想 >
シカゴ美術館にある常設展示室、ソーン・ミニチュアルーム。ここには精巧に作られた1/12スケールの部屋が68もあります。13世紀からはじまって、このミニチュアルームが作られた1920年~1930年代までの各時代のヨーロッパ・アメリカの部屋が内装の細部から調度品にいたるまで、本物そっくりに再現されているのです。学校の社会科見学でシカゴ美術館を訪れたルーシーとジャックは、このミニチュアルームで、複雑な意匠が凝らされた不思議な鍵を見つけます。ルーシーが鍵を握ると、みるみる身体が小さくなり、わずか13センチになってしまう。つまり、人間も1/12スケールになれる魔法の鍵だったのです。そうなったら、もう、この精巧にできたミニュアルームに入ってみたい!って気持ちになるじゃないですか。綿密な作戦を立て、夜、人目を盗んで美術館にしのびこんだ二人は、このミニチュアルームへの侵入を試みます。自分たちも1/12の大きさになってリアルスケールのミニチュアルームの中で冒険する!。ところが、この部屋の中で二人は、どうやら実在の人間の物だったらしいいくつかのアイテムを見つけます。一体、これはどこから来て、どうやってこのミニチュアの部屋にしまわれたのか。夜の美術館、不思議な魔法とタイムファンタジー、そして思春期の少年少女の児童文学的な心の物語の要素が重なっていく、とても魅力的な物語です。

小さくなった二人は、ミニチュアルームの16世紀後期フランスの豪華なベッドルームの天蓋つきのベットで寝てみたり、イギリスのお城の一室にも入ってみたり、色々な時代の部屋の美しさに目を奪われていきます。やがて、二人はミニチュアルームの窓の外の世界が、本物の風景だということに気づきます。どうやら外の世界に出ることができるらしい。衣装棚から当時の服を引っ張り出して身につけた二人は、意を決して外へ出てみることにしました。18世紀後期フランスの部屋のバルコニーから階段を下りると、広がる美しい庭園。二人はその庭で一人の貴族の少女と知りあい親しくなります。どうやらここは革命前夜の本当のフランスのようなのです・・・。

魅力的な要素が山盛りの作品です。クラスの中でも、あまり家が豊かな方ではないルーシーとジャック。家が狭くて、お姉さんと色々とシェアしなければならないことにルーシーは不満を持っています。そんな時、手に入れた不思議な鍵で小さくなって、豪華な部屋を満喫することができるなんて。胸の躍るような体験が二人を待ち受けています。そして、過去と現代がつながり、かつてこの不思議を体験した人々の心が結ばれていく。そこには時間を越えた愛おしい共感がもたらされます。かつて子どもだった大人たちもまた幸せになる。実に幸福感に溢れた物語でしたね。絵画や箱庭に入り込んでしまう物語には、独特の魅力があります。机の引き出しや、壺の中、帽子の中、ハンカチの上には、もうひとつの世界があって、現実とは違う、不思議で幸福な空間が広がっている。そこは、もうひとつの庭です。となると、安房直子さんの童話のように、やがてその世界に入り込んだまま、だんだん元の世界のことを忘れていってしまうのではないか・・・。そんな恐怖を裏腹に持っているのが、こうした物語の魅力ですね。「このまま現実の世界に戻ってこられなくなるのではないか」という予感。そんな落とし穴のような世界に少年少女が好奇心から、うっかり足を踏み入れてしまう物語の魅力といったらないですね。是非、これは味わっていただきたいところです。 ※ちなみにシカゴ美術館のソーン・ミニチュアルームは実在します。

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