おたまじゃくしの降る町で

出 版 社: 講談社

著     者: 八束澄子

発 行 年: 2010年07月


おたまじゃくしの降る町で  紹介と感想 >
ハルとリュウセイ。同じ中学二年生で、幼馴染み。母親同士が高校生時代からの親友のため、ハルは女の子とはいえ、泣き虫なリュウセイをずっと守りながら、一緒に育ってきました。それが中学生にもなると、リュウセイはラグビーを始めて、次第にたくましくなり、身長もハルより15センチも大きくなっています。勉強もでき、精悍になったリュウセイは、女の子にモテないでもない、そんな男子に成長しているけれど、ハルにとっては、やはり泣き虫なリュウセイのままなのです。リュウセイはといえば、相変わらずハルにうるさくつきまとっているのですが、やや気持ちの変化はあるようで、ハルに対して、小さな頃のような無邪気な感情だけではいられません。かといって今の関係が崩れるのも怖くて、何も言い出せないまま。そんな面映ゆい距離感の二人の関係を中心に、穏やかな田舎の町での日々が展開していきます。中学生の日々は楽しいだけではなくて、ちょっと難しいことも起きます。人の気持ちをはかりかねることは大人にだってありますが、露骨に衝突するのは中学生ならではでしょう。自分は人間としてどうありたいのか、そんなことを真摯に考える純粋さがあるから、人に調子を合わせることも、適当にいなすこともできない。真っすぐな気持ちは折れることもあって、そんな時に支えてくれる人たちのあたたかさがしみてきます。トータル的に言うと、思春期というか、青春というか、なんだか照れ臭く愛おしい時間をつなぎ留めた物語です。そして、これは、子ども目線でみつめられた周囲の大人たちの物語でもあります。平凡であたりまえで、ごく普通の人に起きるごく普通の出来事に、ごく普通の人はどんなに心を震わせているのか。明るく楽しい筆致で描かれた物語ですが、グッと気持ちの詰まるところも味わえる、そんな一冊です。

かなりローカルな雰囲気のただよう田舎町が舞台です。そこで起きた「大事件」は、空から大量のおたまじゃくしが降ってくるというものでした。水辺から離れた場所に何故、おたまじゃくしが降ってきたのか。やがて、小魚も降るようになり、謎は深まります。竜巻の影響か、鳥が吐いたのか。あるいはもっと宇宙規模の陰謀なのか。ニュースでも報道されて、大騒ぎとなり、市役所に勤めるハルの父親は対応に翻弄されますが、インタビューを受けてテレビに出て目立とうものなら、あることないことを言われるのも田舎ならでは。少ない人間同士が密着して暮らしている集落ともなれば、そうした関係性にもなるものです。かつて県庁所在地に働きに行って、子どもを身籠り、シングルマザーとなって帰ってきたリュウセイの母親などは、もちろん好奇の目に晒されています。「どこの馬の骨ともわからない男の子ども」なんて、お決まりの陰口が今に生きている町に育ったリュウセイは、母親から父親のことを教えてもらえないまま、傷つくことの多い人生を送っています。中学生になって、ラグビーに夢中になり、たくましく成長していくリュウセイですが、ハルはその心にひそむ痛みを気遣っていました。人々が支え合うことは良いものの、フランクすぎる濃厚な人間関係の町で暮らすのは、なかなか大変ですね。遠慮なく噂され、口さがなく言われてばかりの大人たちも、それぞれの心の裡のマグマを抑えているのだと思いつつ、それがコミュニティで生きていくということだよねと、是非はともかく、感慨深く思わされる物語です。特筆すべきは、田舎を批判するでも、賛美するでもなく、風刺でもないという、ありのままの加減です。「道の駅」で売る特産品作りに、皆んなが一丸となって盛り上がれる向日的な側面もあれば、町おこしに協力しない人間はつまはじきにされるという暗黒面もあるのが田舎です。中学生の二人が主人公であるのですが、タイトルにもあるように、この「町」自体の存在感が大きく忍び寄ってくる、実にユニークな作品です。

ハルはソフトボール部に所属していて、そこでの人間関係につまづきます。ここには非常にデリケートないきさつがあります。キャッチャーであるハルとピッチャーである樹里の気持ちがすれ違ってしまったのは、ちょっとした嫉妬が原因だったのかも知れません。建築会社の社長令嬢でお金に不自由することもなく、容姿も優れているし、女子人気も高い樹里。それでも彼女の日常には満たされないものがあり、それを持っているのがハルなのです。ハルはイライラする樹里を懸命に思いやるものの、それもまた仇になってしまいます。居場所を失いソフトボール部を辞めても、すぐにラクビー部のマネージャーにスカウトされるような紅一点タイプのハルと、樹里はやはり相容れないのです。それでもチームに戻って、仲間たちと一緒にソフトボールをしたいハル。一途なハルの気性をよく知るリュウセイは、今度は自分が落ち込んでいるハルを力づけたいと思いますが、リュウセイには、さらに人生の転変が待っていて、それどころでもなくなっていきます。それでも、まあ、なんか大丈夫かなという、安心感があるのは、人と人とのセーフティネットがある、この町だからかも知れません。憎まれ口を叩きをあったり、ケンカしたりしながら、それでも一緒にみんなで生きていく。生きる喜びはどんな町にもあふれています。今は解決しない問題もあるけれど、きっと希望はあるさと思える、ほどほどにビターな読後感でした。