おとなりは魔女

出 版 社: 文研出版

著     者: 赤羽じゅんこ

発 行 年: 1997年07月

おとなりは魔女  紹介と感想>

常識にとらわれない自由な心でいたいと言いながらも、誰かに非常識なことをされれば心外に思うものです。例えば、予告もなく午後九時過ぎてから引っ越してきた隣人一家が、前髪を赤く染めた爆発したような髪型と派手な服装をした母親と娘一人のシングルマザー世帯となれば、色眼鏡で見てしまうもの。しかも未婚の母親だなんて情報もインプット済みとなると、その不審は深まります。あかりのお母さんは、その非常識ぶりにすっかり不愉快になり、その家の、あかりと同い年の小学六年生の娘とはかかわりを持つなと命じます。そんな母親の常識的な判断を受けて、娘としては、複雑な気持ちになります。あかりの家は壁一枚隔てて隣家と繋がっている一棟のテラスハウスで、空いているお隣にどんな人が越してくるのか、あかりは興味を持ってしていました。同い年の女の子なら友だちになれるかもと期待していたのに、付き合うなと言われるとは。とはいえ、隣家に越してきた女の子、ルイと行きがかり上、一緒に登校することとなり、学校でも同級生となれば、少なからず関わり合いができるもの。しかも大人びた派手な格好をしたルイに、友だちになれそう、なんて言われて、あかりは戸惑ってしまいます。友だちになったらいいことを教えてあげると言うルイは、実は自分のママは魔女なのだとあかりに打ち明けます。あかりは半信半疑ながらも、ルイの家に遊びに行くようになり、二人は親しくなっていくのですが、やがて周囲の空気や教室の常識にとらわれないルイの行動が物議を醸していきます。魔法はでてこないけれど、魔女というスピリットがキーワードとなる物語。迎合せず、自分の正しさを貫くルイの生き方に、ごく普通の真面目な子である、あかりも心を動かされていきます。 

学校でのルイは、転校生らしからぬ物おじしない態度や、その目立つ外見で、逆に同級生から距離を置かれてしまいます。あかりもまた、ルイと親しくすることを友人たちから牽制されます。ルイの家では親しくしながらも、それを誰にも明かすことができない、あかり。それでも、他の子たちとは違うルイの個性にあかりは次第に惹かれていきます。父親がおらず、ちょっと変わったママのことを悪く言われたり、個性が強すぎて学校で浮き上がってしまう自分のことも、ママや自分が魔女だからなのだと言うルイ。魔法は使えないけれど魔女。あかりはルイの言葉の真意を掴めないものの、どこか胸に響くものを感じます。あかりはだんだんとルイが自分の中に入りこんでいることを感じながら、学校でルイをひとりにさせている自分をもどかしく思います。孤高を託っているルイを悪く言う子たちが増えていく中、あかりは、ルイの持つ危うさに、なにか問題が起きることを予見していました。そのルイが、クラスでいじめられている千秋をみかねて、帰りのホームルームで告発するという事件が起きます。あかりは事を荒立てようとするルイの心情を図りかねますが、ルイは千秋の気持ちがわかるのだと言います。自分も同じような目に遭いながらも、嫌なことは全部、魔女の修業だから平気だったというルイ。ホームルームで誰も同調せず、追い込まれたルイを、助けることができなかった、あかり。やがてルイへの嫌がらせが始まり、あかりはさらに困惑することになるのです。

「わたし、魔女なんだよ。だから、みんなとちがうんだ。みんなみたいに、ほんとうのことをウソみたいにいうなんて、できないんだ」。ルイの言葉は、あかりに突き刺さります。優等生でいい子の自分は、変わってるルイのようにはなれない。それでも自分の気持ちをごまかしていることに、あかりも自分で気づいています。ルイのために何ができるのか。ここで物語は、もう一人、いじめられていた子、千秋の心情を描きだし、ルイのように強くなれない等身大の小学生の気持ちを、あかりと、読者に感じとらせます。実際、あかりも、いじめられて不登校になっていた千秋の気持ちなど意識したことがなかったのです。辛いながらも魔女として誇りを持って生きるルイと、惨めな思いをしているだけの千秋。やがて、ルイへの嫌がらせやいじめが明るみに出て、教室で話し合いが持たれる、というクライマックスを迎えます。この物語のひとつのポイントは担任の先生が求心力も指導力もない、頼りにならない存在だということです。悪い人ではないけれど、上手く生徒をコントロールできておらず、いじめをはびこらせる温床を作っています。とはいえ、それゆえに先生の強権でいじめの真犯人を見つけだし、反省させて仲直り、というような帰結を迎えさせないのは良いところ。それぞれの生徒にはプライドがあります。いじめられている側もまた、いじめられているとは口に出したくないのです。それぞれがひとりぼっちでいることを、あかりは感じとります。魔女であると自分を鼓舞して毅然とした態度をとるルイのようにはなれない、同調圧力の下にいる子どもたちに、それでも考えてみることを物語は促します。魔女にはなれない千秋なりの再起方法も、また考えさせられるところです。常識の欺瞞を映し出す過酷な物語です。傍観者である、あかりがその欺瞞に気づきながらも、声を上げるまでの逡巡が実に読み応えがあります。常識よりも大切なものはあるけれど、それを貫く勇気を持つことは難しいものです。魔女であること呪いと誇り。そのスピリットを胸に秘めて、孤独にも負けずに敢然とたち続ける。こうありたいものですが、自分も物語の中のあかりのお父さんのように、娘にちょっといいことを言うんだけれど、お母さん偏見を解くこともできない、半端なリベラリストが関の山だなあと思い、けっこう落ち込んでいます。