おれたちのドリーム・ファクトリィ

出 版 社: 国土社

著     者: 八束澄子

発 行 年: 1999年10月

おれたちのドリーム・ファクトリィ 紹介と感想 >
高校生の時に培われた感性は、大人になってからの物の見方に大きく影響します。僕は社会人になってから、仕事の必要に迫られて簿記を勉強したのですが、ある程度、習得すると(日商簿記二級で、経理実務が一応こなせる程度ですが)、世の中の全ては右と左で貸借すると考えられるようになりました (というのは大仰ですが、まあ会社の損益構造は理解できて、経済活動とは何かがわかる程度にはなりました) 。世の中の仕組みが少しわかった気がして、世界認識のチャネルがひとつ増えたと感じたけれど、これを高校生の時に勉強していたら、きっと自分の将来は違っていただろうなと (多分、文学部なんぞには行かなかったのではないかと)。さて、この物語の愛おしさは、高校生の男子が「機械」を作ることを通じて、世の中を感じとり、広い世界観を身につけていく姿にあります。「機械がわかったら世の中が変わって見え出した」と言う少年は、機械を見ると、その中身がどうなっているのか気になってしまうし、それを作った人の考えに思いをはせるようになっていきます。かりそめにパチンコで遊んでいたって、パチンコ台の構造を知りたくて、分解したくなるのです。そんな新しい世界を獲得しはじめた、高校生の伸びやかな青春が、実に心地良い一冊です。もちろん、機械に夢中になっているだけではなく、それぞれ大人びていく友人たちとの男子同士のちょっといい感じの距離感も見どころです。後にこうした部活動児童文学が頻出していきますが、先駆けた作品だと思います。長谷川集平さんのイラストもまた良いのですよ。

ホバークラフト。それは船や自動車よりも飛行機に近い、空気クッションを利用した水陸両用の乗り物で、巨大なプロペラによって、浮上し、推進します。これを作ろうと決心した高校一年生の弥一は、入学まもなく機械工作部に入部します。人の心情を考えるまどろっこしい国語の勉強よりも、目に見える機械はわかりやすい。憧れの天領工業高校に入った機械フリークの弥一は、早速、自分の大好きな世界へと没頭しはじめます。口が重く大人とはろくにしゃべれない弥一も、設計図を前にしたら、考えが口からどんどんと出てきて饒舌になる。そんなピュアな弥一と、高校の友人たちや、部活の顧問の森田先生をはじめとした大人たちとのやりとりがとても楽しい作品です。とくに、もりっちこと森田先生は生徒に指導しながらも、実は自分が作りたくて仕方がない人だったりして。大人だってそんなふうなんだから、高校生は自分の好きなことに目一杯没頭していいはずです。弥一の心もまた、浮上して、推進していきます。その心の広がり具合が実に心地良いし、中国地方の方言で交わされる会話もいいんですね。本作はとりわけユーモラスな作品なので、その雰囲気が楽しくて。こういう地方都市男子たちの没頭型の青春小説といえば、直木賞受賞作の『青春デンデケデケデケ』が思い出されますが、この作品にもまた吹き抜けるような爽快感があります。機械工作というのは、マニアックなようで、実は自分たちの生活に不可欠なものであり、現代の文明を支えているものです。そんな地に足をつけた生真面目さもまた魅力的です。

黙々と機械を組み立てている寡黙な弥一のかたわらで、友人たちもまた、それぞれの青春を生きています。同じ工業高校に進学しても、何に目覚めていくかは違います。弥一の幼なじみの、ふるはワイルドで、天性のユーモアを持っていて、弥一とは全く違ったタイプの少年です。帰宅部だったふると、しばらく顔を合わせないと思っていたら、喫茶店で働いている十九歳で子どももいるレーコさんに恋をしていようとは。希望と失望の間で揺れながら、青春のゆううつを満喫している、ふる。以前はいつも一緒にいた、ふるが自分の居場所を見つけていることに、機械いじりに夢中な朴念仁の弥一だって、ちょっと疼く気持ちを抱いたりします。そんな感じも青春ですね。さて、工作機械に囲まれた殺風景な部室を「ドリーム・ファクトリィ・モリタ」と名付けて、創意と工夫を重ねていく弥一は、試行錯誤を繰り返しながら、ホバークラフト、ドリーム号を一歩ずつ完成に近づけていきます。ちょっとした気の緩みから事故を起こし、機械の恐ろしさを知ることもありましたが、そんな失敗を乗り越えて、晴れの日を迎えます。まだまだ、迷ったり悩んだり、苦心の日々を続けるのだろうけど、これから実りある大人になっていく彼らを応援したくなります。読んでいる自分も、なんとなく部活の顧問目線になってしまっているなあと感じました。高校生たちの懸命さが、ともかくいいんですね。川を滑走していくホバークラフトは、やがてその先にある海へと進路を向けます。彼らの前途と未来が眩しく川面に光っている。そんな光景が目に浮かんでくる美しいラストシーンまで、是非、駆け抜けてください。