海で見つけたこと

出 版 社: 講談社

著     者: 八束澄子

発 行 年: 2003年06月


海で見つけたこと  紹介と感想 >
お父さんがかなりヒドイと思います。経営していた喫茶店がつぶれてしまいそうなのは仕方がないとして、問われるのは、そこからの行動です。小学五年生のなつきと弟のよしひろ、飼い犬のリンリンを車に乗せて、岡山の家から鳥取の海辺の町、夏音に連れて行ったのは、そこにお父さんの実家があるからです。そこで子どもたちだけを下ろし、おばあさんの家に行くように指示して、リンリンとともにお父さんは帰ってしまいます。小さな頃に一度、おばあさんの家に行ったきりのなつきは、たどりつける自信がありません。果たして、間違った家を訪ねてしまい、それでもなんとか、おばあさんと会うことができたなつきたちでしたが、お父さんからおばあさんには、事前連絡さえなかったのです。自分に都合の悪いことは説明しないお父さんは、以前にお母さんが出て行ってしまった時にも、おばあさんにちゃんと事情を話していません。今度もまたそんなことかと、おばあさんは呆れます。鳥取での子どもたちの生活はこんなふうに始まりましたが、なつきは不安な気持ちで一杯になっています。お父さんと電話で連絡がついた頃には雲行きはさらに怪しくなってきていました。お父さんは、生活を立て直すために、一ヶ月間一人にして欲しいと言っていましたが、どうも店を手放し、アパートに引っ越してしまい、さらにリンリンは飼えないから、山に捨ててきてしまったとさえ言うのです。岡山に帰れるどころか、大切なリンリンまで捨ててしまうとは。不甲斐ないお父さんに翻弄されながら、おばあさんと海辺の町で暮らすなつきの十一歳の揺れる気持ちが活き活きと描き出された作品です。

おばあさんである梅子は、八十代ですが、現役の海女です。キャリアは五十年を越えるベテランで、大海女と呼ばれ、他の海女たちの尊敬を集めている存在です。ウェットスーツを着て潜行し、他の誰よりも流れの速い場所で収穫する魚介類は、かつては料亭から名指しで嘱望されていたといいます。なつきはおばあさんさんと暮らしながら、最初は顔色をうかがってドキドキしていました。きっと自分たちは迷惑なのだと思っていたのです。なつきはこの場所で暮らしているうちに、次第に海女さんたちや地域の人たちとも馴染み始めます。やがて、おばあさんもなつきたちに打ち解けて、たくさんの思い出話や海の話をしてくれるようになりました。海の話をする時、おばあさんは瞳に星を飛ばして心底楽しそうになります。海が好きで好きで、元気にもぐり続けられる自分が好きだというおばあさんに、なつきは驚かされます。どこか寂しかったり、時々、自分をきらいになるなつきは、おばあさんと話をする中で、自分が胸を痛めていることを打ち明けます。自分たちが邪魔者だから父親から捨てられたのだと思っていたなつきに、海の中では小さい生き物が大きな生き物を活かしている例が沢山あることをおばあさんは教えてくれました。いつも命がけで海に潜っているおばあさんが言う「生きてさえいりゃええ」という言葉は、なつきを励まし力づけるのです。情けないお父さんを受け入れて、再び、一緒に暮らしていくために、なつき自身が誰かの力となるために、おばあさんと暮らしたこの大切な時間が養ってくれたものが輝いている。そんな十一歳の夏ですね。

なつきの心を塞いでいるものについて、思うところがあります。自分も父子家庭で育ったのでわかるのですが、父親なりに懸命にやってくれてはいるものの、生活の細かいところまで行き届いていないところがあって、かといって、子どもである自分は何もできないことの無力感を抱いてしまうものです。なつきは担任の先生が自分のことを「欠損家庭だから、生活が乱れている」と他の先生に言っているのを聞いて、傷ついたこともありました。こうした言葉って、心に溜まっていくものですね。物語の終わりに、お父さんと一緒に犬のリンリンを探し出して、おばあさんの家に帰ってきたなつきが、これで家族がみんな揃い、自分には「欠損」などないんだと確信しながら幸せを噛みしめる場面にはグッときます。どこか自分が不安で、不安定で仕方ながない、そんな子ども時代もあるものです。色々な境遇の子がいます。この物語のように、誰かが気づきを与えてくれたり、背中を押してくれることがあるとは限りません。それでも、児童文学の光は誰にも等しく降りそそいでいる。読むことで励まされることまたあるはずだと、そう思うのです(ちなみにこの作品は、第50回青少年読書感想文全国コンクールの課題図書にもなっているので、多くの子どもたちが手にとったはずです)。さて、この物語から想起させられるのは、この作品が書かれた十年後に制作されたNHKの朝ドラの『あまちゃん』です。失意の女の子が、海女のおばあさんの元で自分を回復していくプロセスは一緒ですね。舞台は中国地方と東北なので随分と離れているのですが、海女さんたちの楽しそうな姿など、ビジュアル化するとあんな感じかなと思うところでした。