出 版 社: 講談社 著 者: 長谷川まりる 発 行 年: 2019年06月 |
< お絵かき禁止の国 紹介と感想>
まず、女の子同士の同性愛を描いた作品であるということに言及しなければならないのが残念なところです。海外のYAや児童文学作品では、LGBTテーマのものが数多く翻訳刊行されている昨今です。LGBTが開かれたものとして社会で認識されてきた一方で、海外作品で、かなりの深刻度で語られているのは、国や地域によっては、宗教上の戒律に触れることや、社会的に蔑視される危険度が日本の比ではないからです。ヘイトどころか命に危険が及ぶことだってあります。ということで逆に、昨今の国内児童文学的空間において、LGBT題材はどう描かれうるのかと興味く思っていました。主人公の生活半径が狭く、価値観のブレが少ないコミュニティの中でLGBTはどう捉えられるのか。果たして主人公が向けられる視線も想定内であり、その葛藤も等身大で親近感があり、ちょっと安心してしまったというのが、不思議な感慨です。随分と前から一般小説では、松村栄子さんや藤野千夜さんのYA要素もある作品がこうした題材を扱っていたし、印象に残るところでは、坊ちゃん文学賞を受賞した『三度目の正直』という女子高生が同性を好きになる作品もありました。「百合」と呼ばれる特化ジャンルもありますし、ボーイズラブも振幅が大きいですが、同性愛を描いたものとして広く膾炙しています。とはいえ、今回、講談社児童文学新人賞佳作を、この題材をストレートに書いた作品が受賞したことは、ひとつのエポックを作ったと思うのです。難を言えば、そこにばかり意識が向いてしまうことです。世間の目はともかく、物語の本質をどう捉えるかは読者次第、というのは、この作品のテーマでもあるかと思います。ともかくも現代児童文学的空間とこの題材がどうスウィングするかには注目です。
「平均的で平和」な中学校に通う三年生のハル。おとなしく目立つわけでもなく、いつも漫画を描いているオタク系のお絵かき仲間たちと一緒にいます。そんなハルに二人で漫画を描こうと声をかけてきたのはアキラでした。カッコよくてかわいい彼女はクラスの人気者で、いつも皆んなの中心にいる目立つ子です。アキラに声をかけられて一緒に恋愛漫画を作る。有頂天になりながらも、ハルが冷静になって考えるのは、自分はやはり女の子が好きなのだということ。アキラと一緒にいる時間が長くなるにつけ、ハルは自分の性向を思い知るようになります。もしかしたら、アキラは自分の気持ちに気づいているのではとハルが思いはじめた矢先、アキラにふいにキスをされ、ハルは茫然自失することになるのです。冗談なのか、本気なのか。逡巡するハルの揺れる思惑こそがこの物語の魅力なのですが、意を決してアキラの気持ちを確かめようとしたのはエライところ。果たしてアキラはハルのことをどう思っていたのか。ここが実にアレなところです。とあるきっかけからハルとアキラの関係がネットで拡散され、ハルは窮地に立たされます。現代日本の「平均的で平和」な世界はハルをどう受け入れたのか。「お絵かき禁止の国」というメタファーが、ハルの多重に拘束された精神状態を表しています。なんでもやっていいと言われながら、やってはいけないことがある。そう思い込んでいる意識の壁。ハルが人前で絵を見せることができないのは、ヘタだと自分で思い込んでいるだけだからか。同性愛の革命戦士ではない、ヤワな女子中学生による等身大の戦いを見守る物語です。
児童文学作品によって赦されることがあると思っています。児童文学には、人には言えないような家庭事情や心の事情を主人公である子どもが抱えているケースが多々あります。読者は問題に翻弄される主人公の姿に自分の問題を投影し、自分もまたここにいて良いのだと思えることもあるはずです。人はあらかじめ赦されているのだとしても、その確証を得ることは難しいものです。同じ苦悩を抱える主人公の存在は読者の力になります。自分はハルの恋愛感覚がややライトすぎて、同性愛であるという意識とのせめぎ合いがバランスが取れないような気がしていました。一方で異性恋愛でこのライトさはありだと思ってしまうので、このあたりに自分の偏見の壁があるような気がしています。これこそが等身大の苦悩であり、その共感が読者の力になる。こうであっても良いのだと、赦される読者がいれば、それもまた素敵なことかと思います。この物語は無意識の偏見というものが、非常に鋭く描かれていて考えさせられます。ハルのお母さんが、お父さんがテレビのバラエティ番組を見るのを阻止しようとしているのは、お父さんがオカマタレントの悪口を言うのを聞いていられないからです。お父さんとお母さんの意識の違いやモラリティの温度差には深いものがあって、そんな夫婦の関係性を娘に見せていくあたりはかなり好きな展開でした。人は誰かが他の人に向ける偏見を見ているだけで耐えられないこともあります。ごく気軽にヘイトする当事者の心の軽さに、側で見ている第三者が傷つく。この感覚の繊細さが描き出されていたことは良かったなと。つまるところ、お絵かき禁止令は、人の無意識の偏見を吸収して、あらかじめ自分で出してしまう危険回避司令なのだろうなと思うのです。「平均的で平和」な世界に満ちている棘を可視化した鋭い作品であったなと思います。