さらばハイウェイ

出 版 社: 偕成社 

著     者: 砂田弘

発 行 年: 1970年


さらばハイウェイ  紹介と感想 >
タクシー運転手の竹内青年は、飛び出してきた自転車に乗った少年を避けることができず、はね飛ばしてしまいました。自転車をよけようとハンドルをきったはずなのに、車が言うことをきかなかったのは何故なのか。新日本自動車のスワロー六十八年型。竹内青年が乗っていたタクシー車両は、実はハンドル制御に欠陥のある車だったのです。事故にあった少年は一命をとりとめたものの、意識不明の重体となってしまいました。少年の過失であったため、責任はないとされたものの、竹内青年は献身的に少年を見舞い、自分の貯金を切り崩しながら、その治療費を工面します。やがて、自分の乗っていた車に不具合があったことを知った竹内青年は、ちゃんとしたリコールをしないまま欠陥車を放置しておいた新日本自動車に強い憤りを覚えます。しかし、どんなに抗議しても、自動車会社にはとりあってもらえず、門前払いされるだけ。年間の自動車事故死亡事故が年間二万人を越すようになった時代。安全よりも効率を第一にした自動車会社の無責任に対して、竹内青年は、直接的な行動を起こそうと決意します。新日本自動車の社長の孫である少年、良彦を誘拐して身代金を要求することで、社長に心痛を与えてやろうと心に誓ったのです。確信犯である竹内青年は、周到に計画を立て、良彦少年誘拐を企てます。暴利を貪る私企業に鉄槌をくらわそうと、竹内青年が起こした決死の計画はうまくいくのか。やがて物語が迎える、あまりに悲劇的な結末にも驚かされる作品です。

人類による初の月面着陸が行われようとしていた時代。テレビから流れるニュースから目をそらそうとしている人物がいました。車にはねられた少年を献身的に治療する、ベトナム人医師のハッサンです。ハッサンはかつてアメリカ兵に車ではねられた弟を助けることができずに亡くしてしまったことから、脳外科医として多くの人たちを救う勉強をしようと日本にきていました。ベトナム戦争の当事者であるアメリカが作った宇宙船アポロが脚光を浴びるところなど見ていたくない。そんな悲痛な思いを、竹内青年も知ることになります。登場人物それぞれの不幸や悲しみは、この社会が持つ大きな歪みによって生み出されています。新日本自動車は欠陥車のリコールを秘密裏に進め、評判が落ちないように隠蔽しています。安全性をないがしろにしながらでも、企業を発展させたいというあくことのない欲望。実は、新日本自動車の社長は、軍事産業への進出をも視野に入れているのです。そんな社長の孫とはいえ、良彦はなかなか賢明な少年でした。竹内青年に誘拐されても、不思議と彼に親しみを覚えていく良彦。身代金と交換に、解放された良彦がうってくれたお芝居のおかげで、竹内青年は警察の追及を逃れ、身代金をハッサン医師に送り治療費に役立ててもらうことに成功します。それにしても、田舎に住む妹を上京させて美容学校に通わせてやりたいということが、唯一の夢だったはずの竹内青年が、いつの間にか警察に追われる誘拐犯になってしまったのは、一体、どうした運命の導きだったのか。物語は恐るべきクライマックスに向けて疾走を続けていきます。

敗戦から立ち直った高度成長期の日本。ハイウェイがはりめぐらされ、多くの自動車が走り、人々の暮らしは便利になる一方、その経済発展の裏で歪んでいく社会の姿を告発する物語は、最後の最後まで緊張感をもって読者を引き込んでいきます。この作品が児童文学として、子どもにも読みやすい体裁をとりながら、サスペンスあふれる展開と社会の不合理や矛盾を追及する姿勢を持っていることには非常に驚かされます。社会悪にささやかな抵抗をするために、自分もまた犯罪者にならなければならなかった竹内青年の悲劇。その決意を後押しするような物語のトーン。犯罪に邁進していってしまう青年を物語は見つめ続けます。利潤追求ばかりで人間としての大切なものを見失っていく大人たちの社会の矛盾を告発し、「異議申し立て」をする児童文学の姿。国の経済が豊かになることで、かつて貧困にあえいでいた子どもたちの生活は随分と改善されていきました。一方、経済発展の弊害として公害病などがクローズアップされるようになった時代です。それは子どもたちの健康を直接、蝕んでいくものでした。絶えず子どもの側に立ち続けようとする児童文学が、社会の軋轢を跳ね返し、確固たる姿勢を貫くことのできた時代の力強い物語です。