出 版 社: 講談社 著 者: 戸森しるこ 発 行 年: 2016年06月 |
< ぼくたちのリアル 紹介と感想 >
さわやかで、清々しく、ちょっと切ない。そんな少年時代は嘘っぱちです。実際は、みっともなく、恥ずかしく、思い出したくものないものばかりが溢れているものです。リアルとはそういうもの。だからこそ、物語で描かれる、あの少年時代の濃密で理想的な関係には憧れがあって、かつて少年として当事者であった自分にも思いもよらないドラマに、今更ながらワクワクさせられるのです。近年の国内児童文学では女子同士の関係の難しさが題材にされがちです。小中学生女子にとって、そして若い女性作家さんたちにとって切実なテーマであるのだと思います。山本悦子さんの『神隠しの教室』の中で、養護教諭の先生が述懐する『五年生から中学を卒業するまでの五年間が、女の子にとっては人生で一番辛く苦しいころだと思う』というフレーズがえぐり出すものに、心当たりがある方も多いだろうと思います。一方で少年時代は、その諍いも、衝突も、痛みを孕んでいながらも、どこか甘美なものとして描かれうる。ということで、少年時代のリアリティについて考えた時、この作品の「ぼくたちのリアル」というタイトルは興味深いハーモニーを与えてくれます。国内児童文学が描く少年たちの変化を如実に感じさせるエポックとなった、笹生陽子さんの『ぼくらのサイテーの夏』や、あさのあつこさんの『バッテリー』が刊行されたのが1996年。そこから20年が経過した2016年。『ぼくたちのリアル』は何を見せてくれるのか。この過去の二作品との共通点や親和性には、色々と想起させられるところもあり、非常に考えさせられる読書でした。いや、そんな論証的な視点からの関心だけではなく、ただただ素直に、素敵な作品だったと感じています。
“璃在と書いてリアルと読む。隣の家に住む、幼なじみの秋山璃在と、五年生になって同じクラスになったアスカこと飛鳥井渡は、複雑な気持ちを抱いていました。リアルはすごくいい奴なんだけれど、そばにいるとアスカは穏やかな気持ちでいられないのです。太陽のように人をひきつけてしまう人気者のリアルと、平凡で地味キャラの自分をおのずと引き比べてしまう。アスカがいやだったのはリアルのことではなく、そんなふうに人と比べてしまう自分自身の気持ちでした。大らかでユーモアのあるリアルが教室にいるだけで、クラスは明るく楽しい雰囲気になります。卑怯なことがきらいなリアルがいるから、イジメだって影をひそめてしまうのです。大雑把なように見えて、実は繊細に人の気持ちを気遣うこともできるリアル。そんなリアルがアスカのことを幼なじみの特別な友だちとして親しく接してくれるから、クラスでも注目されることもあります。そんな「リアル効果」を実感しながら、もてあましてしまうアスカの心情が実に面映ゆいところです。実際、二人の関係性を微妙で複雑なものだと認識しているのはアスカだけで、おそらくリアルは気に留めてもいない。さて、ここに登場する、もう一人のキーパーソンが転校生の川上サジです。女子のような美しい顔をしたちょっと変わったこの少年は、リアルのことが気にかかっているようです。サジと親しくなったアスカは、リアルを間にはさんで、たわいもなく楽しい時間を過ごしていきます。リアルが好きになったというCMソング(エルトン・ジョンの「ユアソング」)を、アスカとサジが放送室をジャックしてサプライズで校内放送で流す場面など、なんだかもうたまらないものがあります。アスカはいつも明るいリアルが隠し持っている心の痛みに気づいています。四年前に弟を事故で亡くしたことに責任を感じているリアルの心の裡を、時折、垣間見てしまうアスカ。アスカの心に浮かぶ波紋や揺れる気持ち。サジが秘めているリアルへの想いなど、少年の季節が美しく飾られていきます。このプロットが、耽美的にではなく、児童文学のトーンで描かれていくこともまた気持ちを揺るがされました。
はっきりとした好意をリアルに抱いているのはサジであり、それが物語の表むきのトピックになっていますが、アスカもまた自覚がないままに、リアルに気持ちを惹きつけられていて、そのメンタリティこそがこの物語の焦点だと思います。「ぼくたち」のリアルなのです。同一線上にいる男子としてのライバル意識や、劣等感もありながら、憧れと憐憫を抱いていて、心の距離をどう測ったら良いのかわからず戸惑っている。そうした気持ちをトータル的に言うと、実にアレなんだけれど、言わないところが良いですね。この感覚をLGBT的な視点から見ることも、BL的な視点から見ることもできますが、純粋に文芸的な意味での「少年」性を感じています(稲垣足穂や川端康成が好きだった頃の気持ちが疼くんですね)。特に好きなのは、アスカがリアルとの「友情の終わり」を意識しているところです。自分とリアルの距離をわかっているアスカは、今は無邪気に親しくしてくれているリアルに対して、このままの関係でいられないだろうという予感を抱いています。大人びた感覚と子どもじみた自意識が交錯する心理を描きだす児童文学。これは決して新しいものではなく、20年前からその萌芽はあったし、本格的な文学においてはこれこそが精華ではなかったかと思います。ただ、改めて現代児童文学のフィールドでこの感覚を見せられると、なんだかドキドキするものですね。この作品が、読書好きの女子ではなく、リアル男子の心を翻弄してくれたらと願わずにはいられないのです。