赤い髪のミウ

出 版 社: 講談社

著     者: 末吉暁子

発 行 年: 2010年07月

赤い髪のミウ  紹介と感想>

グレる、という言葉は、もはや使われなくなって久しいのかと思いきや、今も、半グレという表現などにその名残りがありますね(2021年現在)。この「グレる」はハマグリから派生した江戸時代から続く言葉で、後にそこから愚連隊という言葉も派生したそうです。「愚連」のアテ字も凄いです。この物語は、主人公の少年がグレている状態から始まります。辞典を引くと、性格が歪む、根性がねじ曲がる、性根が腐る、なんて言葉が、グレるの類語として出てきました。グレるとは不良化する現象を表した言葉という印象がありましたが、根幹には心の問題があるのだと思います。つまりは、この物語の主人公の少年、航を表すには最適な表現かも知れません。キレやすい性格で、学校でトラブルを起こし、不登校になった航。家に閉じこもってゲームをするか、たまにコンビニに出かけるだけの日々を一年も過ごしていれば、さすがにどうにかしなくてはと自分自身でも思う頃です。ちょっとしたワルを気取って、コンビニで万引きしたり、喫煙したり、挙句には母親の車を運転して警察に捕まったりとグレた現象面を見せるのは、心が歪んでしまっているから。そこには両親の離婚も少なからず影響しているのかもしれません。航が中高生ではなく、小学生であることを考えると、末恐ろしくもあり、一方でまだまだ引き返せる場所にいるのだからと思わないでもありません。物語は、そんな少年の転機を見せてくれます。一年間の不登校生活からの再スタート。とはいえ、捻れた心のヨレ戻しには、それなりの時間ときっかけが必要なのです。

小学校でのトラブルから不登校を続けていた航。ひどいイジメを受けていたことは確かですが、航もまたキレやすい性格で、相手に大怪我を負わせたりと、自ら火種を蒔いていたところもあります。一年間の不登校生活を経て、学校には行きたくはないと思うものの、やはり小学校を普通に卒業したいという気持ちも航には芽生えていました。沖縄県の離島で留学生を受け入れていることをテレビで知った航は、母親に転校させて欲しいと頼みます。航を心配していた母親は、その言葉に飛びつき、願いは叶えられることになります。沖縄本島からフェリーに乗り上陸した離島、神高島。ここの留学センターという施設で親元を離れた他の子どもたちと一緒の共同生活が始まります。同じように問題を抱えた子たちと、微妙な距離感を保ちながら生活する航。素直に人に打ち解けることもできない、どこか斜に構えたままの少年の目の前に現れたのが、同じ留学生である赤い髪をした女の子、ミウです。他人の目を気にしない自由奔放なミウは、他の子たちから浮き上がっていました。ミウと親しくなった航は、すっかりこの島に馴染んでいる彼女に、島のディープな世界を教えられます。不思議な出来事と隣り合わせでも平気な日常を送っている島の人たち。妖怪がその辺にいると言われても戸惑うばかりだし、目に見えないものの存在を信じられない航は、都会にいた頃と変わらない心持ちで、留学センターのワルい仲間たちとつるむようにもなります。そんな航の不遜な態度が、やがて島の神の怒りを呼び寄せ、大切なものを奪われることになるのです。そこではじめて航は、自分の目の前にあった世界の不思議を受け入れ、この「神宿る島」の真意に気づきます。ファンタジーがテコとなり少年の心を変えていく成長物語。沖縄の離島の開放感と神秘が、都会の子どもを変えていきます。

児童文学に登場する不登校の子どもは、ナイーブで内向的というのが常套ですが、航はやや違ったタイプです。その尖った態度の頑なさ。それがなかなかほどけることはありません。浜辺で出会った航に海ぶどうをくれた、モミばあをはじめとした地元の人たちは、オープンで、陽気で、島の不思議とともに自然体で生きています。一方、本島からやってきて、この島に留学センターを作った梨本さんは、現実的な理想を抱いて、子どもたちの問題行動を正そうと教育を考えている人です。航はそれぞれの人たちが抱いている考え方に、少しずつ興味を持つようになります。梨本さんと島の人たちの間にある考え方の違いや、相克にも、航は気づきます。そして、つんつんとした赤い髪をなびかせて、ただ勝手気ままにふるまっているように思っていたミウに、この島にきた特別な事情があることも知ってしまいます。それぞれが抱えている心の痛みにも気づきはじめた航は、自分の傍若無人な態度で、ミウや、この島を傷つけていたことを理解します。ただ、その時には取り返しのつかないことになっているのですが、ここからファンタジーの仕掛けが生きてきます。ずっと捻れた気持ちを抱いていた彼が、この島で、幸せな気持ちを抱けるようになるエンディングまで、心の逡巡は続きます。留学センターの試みが、教育実践としては、まだ途上にあって、梨本さんの理想も上滑りしていたり、子どもたちもみんな仲良く仲間になって、なんていかないあたり、現実的な難しさを感じさせる物語です。ファンタジー要素は物語の飛び道具ではあるのですが、一気に展開を促し、飛躍させます。ベースとして甘くないリアルを見せてくれる物語だけに、現実的にはどう解決するかなあ、と考えてしまうし、教育的指導の難しさも考えさせられます。そんなビターな後味を感じる物語でした。