出 版 社: 講談社 著 者: 斎藤隆介 発 行 年: 1969年 |
< ゆき 紹介と感想>
時は室町時代、下克上の世。各国では台頭した武士集団が覇権を争っていました。由緒ある藤原の家名を名乗る、いずれも素性の怪しい粗暴な集団が台頭して、戦闘を繰り返し、農民の大切な田畑を踏み荒らしてもお構いなし。武士だけではなく、野盗も横行し、ならず者たちは村々を襲い、略奪を繰り返しています。農民は疲弊し、借金を重ね高利に苦しめられ、田畑を手放し小作人になっても、強欲な地主に酷使され続けるという過酷な時代でした。そんな波乱の巷に降り立ったのが、ゆきという娘です。天界に暮らす、ゆきは、この汚れてしまった地上を「そうじ」するという使命を帯びていました。期限は一年。もし下界のよごれた力に負けてしまったら、風になって、北のはての中空をさまよい続けなければならないのです。天界で両親に大切にされて育った「きれいすぎる」少女は、その容姿だけではなく、心根も純粋すぎる素直な子です。その試練が課されたのは、親からもらったきれいさだけではなく、それを自分で支え、伸ばすことを求められていたからです。村人をかわいそうと思うだけでなく、自らが手を伸ばして救わなければならない。重い通過儀礼を課された十三歳の少女は、普通の人間以上の特別な力を持っていません。どうやって、ゆきはこの地上を変えていくのでしょうか。魅力的なヒロインを中心に展開するジャパニーズファンタジーです。ちなみに東北地方が舞台だから、登場人物は皆んな凄く訛っています。天界の少女である、ゆきだって、第一人称が「おら」ですし、語尾は「けろ」なのです。そこもまた魅力的だったりします。
地上に降り立った、ゆきを最初に見つけたのは、孤児のハナです。ハナは「片ッポ」の親方の元、他の孤児たちと一緒にコジキ暮らしをしていました。野党や戦乱で親を殺された子どもたちは、手をつないで生きのびていたのです。ゆきを気に入ったハナは、きれいすぎる、ゆきの顔も服も土で汚して、仲間に入れてもらおうとしますが、ゆきが「めんこすぎる」ために親方に断られます。そんな折、野盗の集団が村を襲おうとしていました。いち早くその情報を聞きつけた「片ッポ」の親方たちは、村人たちと協力して野盗を撃破します。ここで活躍したのが、ゆきです。村の長者の持つ名馬フブキを乗りこなしたゆきは、野盗を蹴散らし、その頭目を踏み殺したのです。このことでゆきは「片ッポ」の親方たちの仲間に加えられ、また孤児たちも皆、村に居場所を得られるようになりました。しかし、野党を追い払った村に、今度は大きないくさが迫っていました。いくさになれば田畑は荒され、多くの人間が死にます。武士たちから要請されるまま、軍夫のわり当てに応えるのか。村人の我慢は限界にきていました。多くの村が手を結べば、武士に対抗することができますが、それには覚悟が必要です。ここで蜂起すべきかどうか、人々は逡巡します。そこで声をあげたのが、ゆきです。ゆきの訴えは、人々の心を動かし、民衆の力をひとつにしていきます。果たして、村人たちは武士に対抗することができたのか。物語はさらに人の心の深淵をのぞかせ、真に闘うべき相手をあぶり出します。こうして、より真理と核心に迫っていく、ゆきの下界の「そうじ」はクライマックスを迎えるのです。
キャラクターたちの個性が際立っていて、離れがたい愛着を覚えます。ゆきが仲間になる、ハナをはじめとした孤児たち。彼らの行動力と心に秘めた悲しみ。親方である「片ッポ」は、元は国ざむらい(農耕もすする侍)でしたが、いくさで片目と片足を失い、やる気も失って、こじきの頭目になっていた人物です。彼もまた、この民衆が蜂起する中で目覚めていきます。自分の哲学と理屈があって、何かと孤児たちに演説をぶちたがるのも楽しいところ。村の賢明な古老や欲のはった長者など、ゆきの目を通して描かれる人間像と、その観察眼が興味深いところ。なによりも「きれいすぎる」子であった彼女が、下界の汚れた悲しみと苦しみを知り、その中で民衆とともに怒りをたぎらせ、立ち上がっていく姿に、気圧されるぐらいです。なにせ敵に罵声を浴びせ、馬で踏み殺したりもしますので、その怒りの衝動に驚かされるのです。この物語では、民衆が革命に勝利しますが、その先にあるものも描き出していきます。革命後の世界の新しい秩序の矛盾を、さらに革命する永久革命が求められるのは世の常ですが、この物語は、真の和平を得られない要因である人の心の弱さを追求し、それを、ゆきが打ち倒すという段階にまで進んでいきます。書かれた頃の時代背景や作者の思想などを考え合わせるとより興味深い点は多いのですが、第一級のエンタメ作品としての魅力だけでも充分で、久しぶりの再読でしたが、今(2020年に書いています)読んでも十二分に面白いのです。今回、初めて知りましたが、この作品、1981年に今村正監督で長編アニメ映画になっていました。斎藤隆介作品といえば、絵は滝平二郎さんというのが定番ですが、さすがに難しかったのか、この映画のキャラクターデザインは、ちばてつやさんだったようです。