出 版 社: ポプラ社 著 者: 佐藤まどか 発 行 年: 2023年10月 |
< アップサイクル! 紹介と感想>
長いこと会社員として働いているのですが、アントンプレナーであれ、ということをずっと涵養されてきたかと思います。組織人であっても起業家スピリットが大切だというのです。社内の新規事業のプロジェクトに加わって、会社づくりをしたこともありました。そこそこ奮闘もしたし、楽しかった思い出もありますが、ゼロベースで仕事づくりをすることは多難ではあって、ライフよりもワーク中心の毎日にならざるを得なかった記憶があります(毎晩帰宅は午前近くでしたし)。人生はバランスなので、どういう働き方を選ぶかは慎重に考えるべきです。といいいつつ、中学生や高校生には、将来、そうしたチャレンジをすることをおすすめしたいとは思います。決められた仕事をちゃんとこなすだけでも大変ですが、仕事を新たに作りだすことはよりハードルが高いものです。ただ、アイデア次第でなにかを形にすることができるという創造性は、やはり魅力的なことだと思います。起業するということは、単に商売をすることではなく、今までにない新しい価値を生み出せるからです。スタートアップ企業の意義が語られる昨今ですが、本書は中学生たちが、学校の課題を考える中で、それを実践して、ビジネスにできないかと発展させていく物語です。そうした中で、自分には組織の中の仕事上の役割として何ができるのか、何が向いているのか、自分の価値を再認識するプロセスや、同じチームの仲間たちの個性を認識して、どう活かすかなどを学んでいきます。自分の仕事をこなすだけではなく、人と協働することで、世界を広げることができるようになる。ここには所謂「進取の気性」が必要となります。そんなスピリットを持った子どもたちの奮戦を楽しめる物語です。なによりも彼らが心を躍らせていく姿が良いのです。ビジネスの快感がここにあります。
中学二年生の佐々木丈(じょう)のクラスに出された社会科の夏休みの課題は、三人グループでの自由研究でした。丈は、小学校からずっと同じクラスの攻撃的な女子、紫月(しづき)と、二年生になってからの転入生の男子、数学とITが得意な自称「天才」の王(わん)と一緒にグループを組み、研究をすることになります。人付き合いが苦手な丈としては、気が合う相手ではない、この二人と組むのはやや抵抗がありましたが、課題なので仕方なく、何をテーマにするか相談を始めます。社会科の先生の指示は、具体的に実践できるものにすること。これを王は「現実の事業として成り立たせるアプローチ」が必要なのだと二人に説明します。では一体、何をやるべきか。大学生ながら発明家でもある紫月の姉の茜から「アップサイクル」という概念を教えてもらった三人は、それを研究のテーマにしようと思い至ります。リサイクルはただの再利用ですが、アップサイクルとは『捨てられるはずのモノに、デザインや新しい使い方のアイディアを足して、ちがう使い道のものとして、グレードアップさせていて生まれ変わらせる』ことなのだそうです。とはいえ、廃材を使って工作をするだけではどこか物足りないものを丈は感じます。その場かぎりではなく、やり続けるにはどうしたらいいか。ここに中学生三人に行動の美学が閃きます。続けていけるアップサイクルを目指すこと。その実践として古いミシンからテーブルを作った三人は、廃材から世界にひとつのオリジナルを生み出すことに意義を見出します。売れそうなレベルにテーブルを仕上げたところで、このアイデアをこのまま宿題で終わらせるのはもったいないのではないのかと三人は盛り上がります。こうして、活動を継続するための仕組み化が始まります。問題点を洗い出し、解決の手段はないか検討するディスカッションを重ねる中で、王は「組織化」することを提案します。中高生でスタートアップをやる人なんて世界にはいくらでもいると言われて、丈と紫月もやる気になっていきます。三人は、ホームページ、アップサイクル・コネクションを作り、SNS掲示板で人をつなぎアップサイクルのための交流サイトを機能させようとします。経費の問題や商標の登録、どうサイトを宣伝して、認知度を高めるか。ちょっとした横槍や妨害も入ります。それにもめげずアイデアを出し合い、粘り強く交渉をし、まさに三人は事業を立ち上げていく体験をすることになります。こうして中学生たちは「法人化」していくことになるのです。
企業活動は営利優先となるため、環境を破壊したり、浪費めいた消費をリードするような、ややネガティヴな側面がありました。しかし、昨今は、ESGという概念が浸透して、社会に良いことをしていることが企業競争力として優位になるという時勢です。資源の再利用など、永続性をうたうテーマをビジネスにするという発想は、非常に現代的(2024年現在)かと思います。もっともビジネスのために環境問題を意識することと、環境問題解決をビジネスにつなげることは、世の中に貢献する結果は一緒かも知れませんが、スピリットは違います。仕事には貴賎がない、ということは前提としても、意識の高い働き方、というものがあることも確かであって、そんな、社会のためにもなる「仕事の理想」を中学生が体験するのは良いことだと思います。中学生の職場体験の物語を一時期よく見かけました。起業の物語はそこからさらに一歩進んだものかも知れません。本書でも大変だなと思うのは、仲間同士の連携です。ワンオペレーションですべてをこなせれば気楽なものですが、複数の人間の力を掛け合わせることでより事業は大きくなるため、この調整は必至です。起業体験が職場体験と違うのは、自分の手だけではなく、人を動かすこともまたそのメニューに入っていることです。本書の三人の中学生は対等なパートナーであるがゆえに、誰かが決裁するのではなく、意見を交わして、互いが納得するまで検討を重ねるのです。もはやビジネスに疲れてしまい、なんかそういうのは面倒臭いので、気楽にほどほどで働きたいなと、意識の低い大人になった自分は思ってしまうのですが、中学生にはエールを送りたいものです。大変ですが、やり甲斐はあります。