成瀬は天下を取りにいく

出 版 社: 新潮社

著     者: 宮島未奈

発 行 年: 2023年03月

成瀬は天下を取りにいく  紹介と感想>

成瀬あかりというちょっと変わり者の女子を中心にした連作短編です。実在の地域や時間軸に紐づいているため固有名詞が多めです。2020年のコロナ初年に十四歳の中学二年生である成瀬の物語から始まり、高校三年生で受験生となった姿までが描かれます。成瀬は、いわゆる「一人で教室移動ができるタイプ」の教室の猛者です。周囲との関係性に気をつかい、神経をすり減らしている女子が教室のスタンダードだとすると、唯我独尊で泰然自若とした彼女は、やはり「変わり者」になってしまうのだろうと思います。YA系で言えば『スター★ガール』というよりは『エマ・ジーン・ラザルス木から落ちる』タイプですね。学業優秀で能力が高く、行動力も社交性もあるけれど、自分の関心や興味があることに没頭するタイプで、空気を読んだり、周囲の顔色をうかがったり、忖度することはない。突然、シャボン玉作りを極めたり、けん玉に習熟したり、漫才をはじめてM-1に挑戦したり、高校入学と同時に丸坊主になって、卒業までどのぐらい髪が伸びるか実証実験をしたりと、やたらと自由すぎる彼女の姿を見守る凡庸な周囲の人たちの主観から描かれる物語は、この、何を考えているのかよく分からないけれど「潔い」成瀬の姿をカッコよく描き出します。成瀬自身のささやかな葛藤もまた最終話で描かれますが、それさえもがマイペースであり、周囲に翻弄されてマイペースを維持することが難しい現代社会を見せてくれることになります。最初の物語は、一ヶ月後に閉店する西武大津店に成瀬が日参するというお話なのですが、実在した施設であった模様です。地方の西武デパートというと、西友とどこが違うのか判然としない規模が小さなものが多いですが、地元の人間にとっては思い入れがあるものかと思います。後に成瀬が池袋の西武本店に来て、失われた大津店を懐かしむ場面が良いのです。実在の商業施設への思い入れというと『下妻物語』を思い出しますが、当時は「ジャスコ」で、これが「イオンモール」となるとまたニュアンスが違うかな、と思いつつ、近年の作品(『ブラザース・ブラジャー』などもそうでしたが)での、ティーンとショッピングモールの関係性などまた面白いものがあるかと思っています。