クリオネのしっぽ

出 版 社: 講談社

著     者: 長崎夏美

発 行 年: 2014年04月

クリオネのしっぽ  紹介と感想>

やたらと絡まれやすい性質の中学二年生の美羽。ごく真面目な生徒なのに、先輩に目をつけられたり、よその学校の生徒に待ち伏せされてケンカを売られる、というのは、一体、どんな子なのか。どうも背が高くて、男顔で目立つからなのですが、それが生意気で、態度がでかいと思われてしまうようです。しかも、自分の意思がはっきりとしていて、大人しく黙っているタイプじゃないとなれば、トラブルに巻き込まれることも必至です。水泳部の先輩のいじめについにキレてしまい、デッキブラシを振り回す大立ち回りを演じたために、暴力を振るう人としてのレッテルを貼られ、学校で危険人物視されてしまった美羽。次第に尾ひれがついて、極悪グループを組織しているとか、根も葉もない噂は広がるばかり。美羽はすっかり厭世的になり、それでも学校生活をなんとかやり過ごそうとしていました。人に合わせることも嫌になってしまい、友人の唯、以外は誰も信じていません。そんな美羽のクラスに札付きのワルだと噂の転校生がやってくることを聞きつけて、そうしたタイプに絡まれやすい美羽は警戒感を募らせます。果たしてやってきた転校生は校則違反の髪型をした女子、小宮山幸栄。彼女のヤンキーぶりに美羽は関わりを持ちたくないと思いつつ、関わらざるを得なくなっていくのが物語の面白いところ。二人の少女が衝突しながらも次第に心を近づけていく姿が、実に読ませる一冊です。

美羽の一人称で語られていく心情描写が繊細で揺れる気持ちに惹きよせられます。小学校まで真面目にやってきた美羽は、中学生になってからの理不尽な毎日に、どうにか順応しようとしていました。ひとの顔色を伺いながら、いい人と思われたかった自分。でも、先輩を叩きのめした事件をきっかけに美羽は変わります。もはや嫌われてもかまわないと開き直ったのです。そんなクールな生き方を選んだ美羽であるものの、内心、不安で、けっこうどきどきしているのです。トラブルは避けたい。なのに転校生の幸栄と関わらざるを得なくなります。さっそく学校の問題児となっている幸栄から、何故か「ヤンキー仲間」と思われてしまう美羽。幸栄のぶっきらぼうなコミュニケーションに戸惑いながらも、次第に彼女のこと気になり出してしまいます。親と暮らしていなかったり、前の学校の仲間たちとトラブルを抱えているらしい幸栄に心配が募ってくるのです。どうせ誰も助けてはくれないのだと、周囲を見限って孤高を選んだ美羽でしたが、幸栄と関わることで、どうにも冷徹になり切れない自分に出会うことになってしまうのです。学校だけではなく、家でも、離婚をめぐる母親の苦しみを目にしながら、複雑な人の心の在り方を考え続けている美羽。答えが出ない問いを自分の心に問いかけていく姿が、まあ、思春期の正しいあり方であり、曲がりくねっているけれど根は真っ直ぐな彼女の心映えが愛おしく思えてきます。

タイトルでもある「クリオネのしっぽ」の意味するところについて考えさせられます。透明な妖精のような姿のクリオネですが、実態は、他の貝を捕食する獰猛な一面もあります。人との関係に疲れて、透明な存在になりたいと思っていた美羽も、人との関わりの中で自分の考えを深めて、どうあるべきか思い直していきます。「小さな動物はしっぽに弓を持っている」というムーミンのスナフキンの歌う、意味ありげな歌詞をどう解釈するかが物語の焦点となります。しっぽにはファンシーにリボンが結ばれているのではなく、武器である弓が仕込まれている。これはなかなかハードな話であって、小さいがゆえにタフでなければならないし、矜持を持っていなければならない、のだろうなと思うのです。中学生もまたしっぽに弓を持たなくてはならないのか。この辺りの自省や物思いからの決意していく姿や大人との関係性の描き方など、懐かしいYAスタイルで、これもまた床しいところでした。長崎夏美さんがこの作品の二十年前に書かれた『夏の鼓動』とあまり距離を感じなかったかな。それにしても直情型で一本気で根の優しいところがあって、ちょっと間が抜けていて、実は美人というヤンキー少女のパターンは『下妻物語』にとどめを刺してしまいますが、やはり魅力的で、この物語の幸栄もいい感じなのです。佐藤真紀子さんのイラストの効果は大きいですね。