出 版 社: 講談社 著 者: 有沢佳映 発 行 年: 2010年10月 |
< アナザー修学旅行 紹介と感想 >
中学生生活最大のイベント、修学旅行。それぞれの事情でそこに参加しない生徒が六人。クラスは違うけれど、他の生徒たちが旅行にでかけている間だけ一つの教室に集められて、ほぼ自習の代替授業を受けることになりました。旅行直前に足を骨折した三浦佐和子の不参加理由は明白ですが、他の生徒たちは、やや事情が違うようです。中学生ながらTV女優としても活動している岸本さんは、アイドルというほどではないけれど、同行すると色々と支障があるということで不参加。学校一のモテ男、小田くんは、同じく児童福祉施設から通ってきている野宮さんとともに、経済的理由により不参加。転校してきたばかりの美少女、湯川さんは、転校してきたばかりだから、ということのようだし、成績優秀なのに喧嘩上等でインテリヤクザと異名をとる片瀬くんは、どうやら暴力沙汰で謹慎ということらしい。ごく普通のタイプの佐和子からしてみると、やや個性的なメンバーに囲まれてしまった感があります。ここに、さらにもう一人、保健室登校を続けている秋吉くんが後から加わります。これで七人。それまであまり親しいというわけでもなかった生徒たちが、共に過ごす三日間。もうひとつの修学旅行の時間が織り成す、不思議な心の連帯のドラマです。
二日目に事件は起きます。旅行中で誰もいない三年生の教室で、七人が偶然見つけてしまったもの。それは真っ赤なペンキをぶちまけられ、「ブス」と彫刻刀で彫られた机でした。なぜこんなものがあるのか、すぐに理由はあきらかになります。一人の二年生が、三年生の留守を狙って仕掛けた復讐です。吹奏楽部を先輩の意地悪で辞めさせられることになった女子生徒の意趣返しだったのです。こんな禍々しいものを見つけてしまった七人は、どう行動したのか。自分たちが犯人扱いされるリスクもさることながら、厄介なものがここにあるという事態や、その怒りの衝動に対して耐えられなくなった七人は、「なるべく穏便に事態を収束させる」という行動に出ます。無論、先生には報告もしません。意地悪な三年生と過激な復讐に出た二年生、双方の非を認めつつも、とりあえず臭いもの蓋をするべく対策を練ります。この秘密の共有が不思議な連帯感を七人にもたらします。修学旅行に参加しなかった同じ学年でも個性的なメンバーのそれぞれの心の事情が、ごく普通の生徒である佐和子の目を通してわかってくる三日間。特に大きな変化をもたらすものではないけれど、ここに生まれた淡い絆は、ささやかながら、もうひとつの修学旅行としてそれぞれの心に刻まれるものになりそうです。
(同時代の)今風の子どもたちの価値観や行動原理がデフォルトにある物語です。意外にも自由ではない中学生の心的規範。例えば、クラブ活動の上下関係は異常なまでに厳しく、先輩の理不尽はわりと平然と容認されています。先生に対しては不遜でも構わないのに、同じクラブの先輩に対しては絶対にダメという鉄則。同じ学年の横並びの人間関係の中でも、いかに嫌われないようにするかが最重要で、笑いたいときに笑えなかったり、怒りたい時にだって笑って、キャラを演じ続けることが求められています。要領よくやること。人をイラつかせないこと。これまでの良識を覆すような過激なことはあってはならない。例えば、後輩による復讐なんてことは、認めてはいけないのです。ただ、意地悪をする方も、それに復讐をする方も、どちらを責めることもしない。意地悪な気持ちや嫉妬心があることも含めて、人間の等身大を肯定している物語です。だからこそ、見たくないものから目をそらすという自衛能力や、物事を穏便に済ます力が求められています。インケンな女子の世界は大人になっても変わらないということを、先輩OLに嫌われて会社を辞めた姉を見ていて、佐和子は知っています。そんな世の中を、静かに受け入れている。すべてにおいて平均以上で、飛び抜けたものはないけれど、友達が多い、ごく普通の佐和子が、そんな自分に自負があるというのも、これまでの物語の価値観とは違ったところでしょう。中学生女子の人間関係の難しさと、そのディテールを描いた児童文学作品は、ここ近年、枚挙に暇がないほどですが、その関係性を大いに認め、大前提とするところに、ある意味、人間存在の悪性をおおらかに肯定するものがあるのだというのは、まあ過言ですね。しかしながら、是非を超越したところで、物語の磁場が、確実に変遷してきていることを実感させられる作品です。