アリとダンテ、宇宙の秘密を発見する

Aristotle and Dante Discover the Secrets of the Universe.

出 版 社: 小学館

著     者: ベンジャミン・アリーレ・サエンス

翻 訳 者: 川副智子

発 行 年: 2023年08月

アリとダンテ、宇宙の秘密を発見する  紹介と感想>

あまりあらすじやキャッチコピーを読まずに、雰囲気で手にとった本を読みはじめるため、一体、このお話、どこに行き着くのだろうかと思うことがあります。派手さのあまりない展開を追いながら、物語の焦点になるのはどの部分なのだろうかと考えつつ読むのも楽しいものです。隠されていた秘密が明らかになることは予測していました。主人公の少年、アリの両親が、今は刑務所に入っているアリの兄について決して触れようとしないことにはなにか隠された事情があるのだろうし、ベトナム戦争の帰還兵である父親が心を閉ざしていることにもワケがあるのだろうと思っていました。それぞれ物語の終わりには明らかになることですが、それが「宇宙の秘密」というわけではないのです。400ページを費やして、アリが気づきを得る物語。友だちのいないアリが、初めて親しくなった少年ダンテとの交友の日々が豊かに描かれていきます。自分とは違う家庭環境に育ったダンテの挙動に驚かされながら、距離を近づけていくアリ。やがて、ダンテが同性愛者であるということをアリも知ることになります。そのあたりで、この物語の核心が垣間見え始めます。物語の時代は1980年代です。海外の物語の場合、地域特性や信仰によって、倫理観の違いがあり、この頃のアメリカ南部のメキシコ系アメリカ人家庭の同性愛観は、詳しく調べないとわかりえないところですが(場合によっては処刑されかねない地域もあり)、そうウエルカムなものではないだろうとは想像されます。そこをベースとして、さて、アリはゲイの友人に対してどうふるまったのか。物語の核心が次第に近づいてきます。

メキシコ国境に位置するテキサス州エルパソ。メキシコ系アメリカ人であり、周囲となじめない、アリことエンジェル・アリストートルは、腕っぷしは強く、悪ガキどもに屈することもないまま、孤独をかこっている強気で考えがちな少年でした。ベトナム帰還兵で心に屈託を抱えて口を閉ざしたままの父親との距離を計りかね、刑務所に収監されている年長の兄の事情を家族が自分には明らかにしないこともアリの憂鬱の種になっています。やや大人びた十五歳の少年は、それでも町の下品な男たちに仲間いりするようなことはしたくなくて、思春期の中途半端な時間を一人で持て余していました。そんなアリがプールで出会ったのがダンテという少年でした。なぜか泳ぎを教えてくれることになったダンテは、これまでアリの周囲にはいなかった下卑たところのない少年でした。コミックや詩や、絵を描くことが好きで、教養のある両親に育てられたダンテ。なによりも両親を愛していることを公言する姿勢に、家族に複雑な気持ちを抱いているアリは驚かされます。親しくなった二人は互いの家を行き来しながら親交を深めていきます。はじめてできた友人であるダンテ。しかし、アリは自分が家族のことで心に抱えている憂鬱をダンテに知られることを怖れていました。アリがダンテを庇おうとして交通事故に巻き込まれて入院を余儀なくされたり、ダンテが父親の仕事の都合で一年間、この土地を離れることになったりと二人の間には色々なことが起きながら、季節は過ぎていきます。アリは自分の家族が抱えていた問題の核心に近づきつつありました。一方でダンテは、彼自身が抱えている問題をアリに垣間見せるようになっていきます。ダンテが同性愛者であることを知ったアリは、このはじめてできた友人にどういう態度をとったのか。家族の問題とダンテの問題がアリの中で、ひとつの答えに結びついていきます。アリの心象の繊細な描写や印象的な台詞の数々、とくに夏を感じさせる空気感など、本の中に繋ぎ止められた時間に耽溺させられる物語です。

あらためて、本書の出版社からの惹句を読むと「LGBTQ +青春小説の金字塔」とあります。そう言われてしまうと、この二人に芽生えた友情にも先入観が混じってしまうものです。密かな予感にできれば自分で気づきたいというのが、このところ(2024年)のLGBTQの物語に対する自分の感慨であるのは、やはり煽りすぎに辟易しているからでしょう。やや食傷なのです。あえてLGBTQの物語を読みたいわけではないし、結果的にLGBTQであっても特別視しない、ぐらいの関心度になっています。実際、意識せずにフラットな物語の一要素になれば良いと思うのです。とはいえ1980年代の南米という背景における偏見や異端視をベースにした上で、主人公たちの葛藤を考えることは必要で、多少なりとも拓かれた現在とは違う環境での心の機微に感じ入るところもあります。アリは周囲になじめず、内省を繰り返しては悲観的になっている、実にYA的な主人公です。その家族の問題は複雑で、多角的に同性愛が作用していますが、むしろそれを踏まえた上でのアリの両親の大いなる理解が、息子の背中を押すあたりに深い慈しみがあります。人間は深く傷つきますが、それでも、支え合って生きていくことができるのです。実のところ、LGBTQが当たり前のことになると、この葛藤は生まれないという、いつかくるこのジャンルの物語の終焉もまた予見されます。それは、まだまだ遠いことであろうとは思っているのですが、社会の受容のペースは思いのほか早いですね。良いことです。