黒魔女コンテスト

Which witch?

出 版 社: 偕成社 

著     者: エヴァ・イボットソン

翻 訳 者: 三辺律子

発 行 年: 2009年10月


<  黒魔女コンテスト  紹介と感想  >
ハイセンスなナンセンス。イボットソンの本領ここにありの、ぶっとんだファンタジーです。『夢の彼方への旅』も良かったけれど、やっぱりイボットソンはこうでなくちゃと『ガンプ』ファンの期待に応えてくれる作品。楽しいったらありゃしない。最新作と思いきや、本国イギリスでは三十年前に出版されて今も読みつがれているロングセラーなのだとか。『ガンプ』よりもずっと以前に書かれた作品だったのですね。魔法使いや魔女、色々な怪物たち。荒唐無稽で、無茶苦茶な登場人物たちばかりなのに、読み進めるにしたがって、彼らのことがとても愛おしく思えてきます。普通の人間の方がよっぽど狡猾で残虐だと思えるほど、この物語の魔物たちは真面目で純朴なのです。価値観はズレまくりなのに、夢見がちで、愛情に篤くて、ユーモラスでいいんだな。つまり「人間味」に溢れているのです。なかなか気分転換ができなくて、本を読むのも億劫だ、なんて時にも至福の読書時間に引き込まれてしまう吸引力のある一冊(実感です)。そして、最高です。

「北の大魔法使い」とも「恐ろしのアリマン」とも呼びならわされ、破滅と恐怖をもたらし、闇と魔法を守り続けてきた偉大なる魔法使いアリマン。彼は切実に自分の後継者を求めていました。忍び寄る老いの恐怖と自信喪失。でも引退するには、自分の後を恐ろしく黒い魔法使いに、ちゃんと託さなければなりません(このへん、実に律義なのです)。しかし、いつまで待ってもそんな人物はあらわれない。アリマンは腹を決めます。自分の子どもに後を継がせればいいのだと。しかし、壮年とはいえ、アリマンはまだ独身です。まずは奥さん捜しからはじめなければならない。地元であるトッドキャスターの魔女から妻を選ぶと宣言したアリマンは、名声もあり、魅力的な男性ですから、沢山の魔女たちがエントリーを申し出ました。さて、どうやって妻を選ぶのか。そこで、TVで見たミス・ユニバースのコンテストに触発された秘書の提案で「黒魔女コンテスト」が開催されることになりました。コンテストで一番、「黒い」黒魔法を使い、高得点を得た黒魔女がアリマンと結婚できるのです。いつも魔女仲間から馬鹿にされ、使い走りばかりさせられている白魔女のベラドンナも、このコンテストにエントリーしていました。黒い魔法に憧れながらも、気がつけば周囲には花を咲き乱れさせ、可愛いもので埋め尽くしてしまう白い魔女のベラドンナ。性格も魔女には不向きで、優しく一途で健気。さて、一心にアリマンを慕う彼女に黒魔女のコンテストでの勝機があるのでしょうか。

ディテールの面白さ、文章の洒脱さにはたっぷり楽しませてもらえます。ささやかなエピソードが実に良く光ります。妙にデリケートで傷つきやすい登場人物たち。恐ろしのアリマンも、結婚すると決めたものの、黒魔女たちのあまりの奇怪な姿に、内心すっかり怖じけずいている様子。すぐコーヒーテーブルになってしまい元に戻れない魔女や、卵のパック詰め工場に勤めているのに片っぱしから卵を腐らせている魔女。人魚とのハーフで今は魚屋を営んでいる魔女に、駅の従業員なのにお客ぎらいで列車がきらい、デタラメな構内放送ばかりする魔女。地元トッドキャスターの、やや規格外な魔女たちを見るにつけてアリマンは途方に暮れ、屋敷に十六世紀から住み着いている生前に七人の奥さんを殺したサイモン卿という幽霊だけを心の友として、孤独を深めていきます。そんな主人を哀れに思う召し使いたちは、魔女の中で唯一まともなベラドンナに勝たせたいと策略をめぐらせますが、これはなかなかの難題なよう。ただ楽しいだけではなく、溢れるペーソスがイボットソンの素敵なところです。魔女も魔物もやっていることは無茶苦茶なのに、小さなことが気になってコンプレックスに悩まされている。そんな姿が普通の人間よりも人間らしくて、やけにいじらしいのですね。荒唐無稽なファンタジーでありながら、ペーソスあふれる傑作。何よりも登場人物たちへの優しいまなざしと愛が伝わってくる、素敵な怪作です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。