ガリバーのむすこ

BOY GIANT

出 版 社: 小学館

著     者: マイケル・モーパーゴ

翻 訳 者: 杉田七重

発 行 年: 2022年12月

ガリバーのむすこ 紹介と感想>

灰谷健次郎さんに『我利馬の船出』という物語がありました。自分も30年以上前に読んだ作品で、レビューも書いておらず、詳細までは覚えていないのですが、前半のあまりにも重いリアリズム展開と後半のファンタジー展開のギャップに驚かされたことは印象に残っています。苦境にいる少年がヨットを自作して海に乗り出して、漂流した先でガリバー旅行記の世界(これ、巨人の国に行くのだったか)にたどり着くという奇想天外でした。なにせ我利馬ですから。本書もまた同じように、漂流した少年が、かつてガリバーが滞在した小人の住むリリパット国にたどり着く物語です。その展開だけではなく、前半の重さも共通しています。故郷アフガニスタンでの動乱から逃れて、難民になった少年が単身イギリスに渡ろうとした逃避行からの出来事です。戦争というものの恐怖を心底体験した少年は、小人の国の諍いにどう対峙したのかというあたりは、ただの荒唐無稽ではなく、本家である『ガリバー旅行記』の換骨奪胎です。『ロビンソン漂流記』にしても『ガリバー旅行記』にしても、子ども向けにリライトされたものを読んだだけでは、その風刺小説としての真を穿つスピリットを見逃しがちです(書かれた頃の社会背景も知る必要があります)。実際、有名な冒険譚の深層の解題を、あえて幼児にする大人もいないでしょう。ということで名作物語ほど再読の必要があるなと思うわけですが、まあ、それはいくつになってからでも良いのでしょう。今回、改めて『ガリバー旅行記』(リライト版ではないもの)も読み返して、膝を打っていますが、本書は『ガリバー旅行記』自体を窯変させており、オリジナルにはない友愛の理想も読みどころなのです。

戦禍に見舞われたアフガニスタン。十歳になったばかりの少年オマールは突然の爆撃によって家を破壊され、全てを捨ててここから避難をせざるを得なくなります。父親は亡くなり、妹も行方不明となって、母親と二人で逃げのびるものの安住の地を得ることは難しい状況で、二人に残された希望は、イギリスでカフェを営むおじさんの元にたどりつくことでした。イギリスに海からのルートで入国するためには、斡旋業者に相応の対価を払って、ボートに乗せてもらわなければなりません。手持ちのお金は少なく、一人分の渡航賃にしかならない。やむなく、オマールが一人で先に難民キャンプを出てイギリスに渡り、母を待つことになりました。しかし、海上でボートは大波にのまれて遭難し、気がつけば、オマールは見知らぬ島で目を覚まします。そこで彼は、自分が小人たちに包囲されていました。背が伸びないことでチッチとあだ名されていた少年は、相対的に巨人となっていたのです。さて、この物語の世界にはもともと『ガリバー旅行記』がないのか、アフガニスタンでは流布されていないのか、オマールはガリバーの存在も小人の国があることも知りません。英語を話す彼らと、ほとんど英語のできないオマールはそれでもなんとかコミュニケーションをはかっていきます。何故、彼らが英語ができるのかと言えば、三百年以上前にこの島に漂流したガリバーという巨人から教わったものだというのです。ガリバーは当時の帝国政府を武装解除させて、民主化させた恩人として慕われていました。そしてまたいつかこの国を救うために自分の「むすこ」があらわれることを予言していたのです。ガリバーのむすことして歓迎されたオマールは、彼らリリパット国の住人と有効な関係を築くことができました。しかし、一見、平和な楽園に思えるリリパット国が、海を隔てた国、ブレフスキュからの侵攻の脅威に晒されていることを知ります。ガリバーがもたらしたはずの和平は何故、潰えたのか。緊張状態にある二国の間で自分の存在が抑止力として均衡を保っていることをオマールは知ります。母親が待つイギリスへとたどり着くには、この島を出ていく必要があります。オマールは、巨人である自分の存在を活かして、この紛争をなんとか止めようと考え始めます。

本書で語られる、かつてのガリバーのリリパット国での立ち位置や振る舞いはオリジナルとはやや異なります。ガリバーはヒーローとしての要素が強いわけですが、ごく普通の人が元の能力のまま、まわりの環境が変化したために超人となってしまった転生モノの人のような感覚です。要は等身大のごく普通の人なのです。巨人も小人も周囲の人間たちとの相対的なものであるわけで、自分が変わらなくても周囲が変われば、見られ方や扱われ方は違います。唐突に超人の立場を与えられたとしたら、そこでどう振る舞うか。ここに人品骨相が問われるような気がします。暴君にも支配者にもなれる立場です。しかし、戦争の愚かさや、虐げられる人々の悲しみを知る者は、その力をどう使うべきかわかっているはずです。実際、オリジナルのガリバーはけっこう処世を意識した人であり、そこそこ計算高く、かならずしも友愛の人ではないのだろうと思います(小人を自国に連れかえりたかった、というのも、見せ物にしようとしていた感があり)。一方で、人としての理想を美しく描く本書は、ガリバーを異邦の地で友愛を育み、幸福をもたらした人として描き出します。単に海洋トラブルに巻き込まれた普通の人ではないのです。その意志を継ぐことになった「むすこ」もまた友愛の人となります。リアルな世界はそれほど優しくはないものです。海外児童文学では戦争で国を追われて、難民となった多くの子どもたちが描かれています。アフガニスタンからの逃避行の物語も多数ありますが、思い出したのは、イギリスに海上からボートで密入国しようとする不法移民の子どもたちを描いた『きみ、ひとりじゃない』です。作者のデボラ・エリスにはアフガニスタンを描いた『生きのびるために』などのシリーズもありますが、この物語では戦災から逃れ、イギリスを目指すクルド人の少年が描かれています。極限状態の中で希望をつないでいくことや、友愛の人でいることの難しさを思います。彼らがいとけない子どもであるということも、考えなくてはならないと思います。現実には、ファンタジーという救いはなく、物語のような奇跡も起きない、となると、求められるのは、生きるための機転と処世と強い生存欲求です。どんなときにも友愛の人であることを難しく思いますが、児童文学が伝えたいことは、確度の高いサバイバル術ではないのだと思うし、その意志こそが希望だと思うのです。