出 版 社: 東京創元社 著 者: リチャード・ペック 翻 訳 者: 斎藤倫子 発 行 年: 2003年09月 |
< シカゴより好きな町 紹介と感想 >
心地よく、潔い文体で語られていく、1937年に十五歳だった女の子の回想の物語です。不況の影響で父親が失業し、両親と一緒に住めなくなったメアリ・アリスは、田舎町に住む祖母の元に預けられます。シカゴで都会暮らしをしていた少女が、映画館さえないイリノイ州の田舎町で暮らすとなれば退屈なはずですが、退屈などさせてくれないのが、彼女の祖母の存在です。飼い猫と五キロ近い携帯ラジオを抱えて駅に降り立ったメアリ・アリスを迎えにきた祖母は、久しぶりに会った孫娘に歓迎の言葉を口にすることもないまま、早速、テキパキと行動を開始します。メアリ・アリスの祖母である、この大柄なおばあさんは、何分にも一筋縄でいかない女傑なのです。その大胆不敵な行動力や胆力は、この小さな町の人々を恐れさせていました。ショットガンをぶっ放す荒々しさと、美味しいケーキを作る繊細さ、何より、その怜悧な頭の切れ味が身上です。メアリ・アリスも幼い頃に、兄と一緒にこの祖母と暮らした経験から、その恐ろしさを充分に知っています。頼りになる兄は兵役についていて、ここにはいません。果たして、十五歳のメアリ・アリスが、この祖母と二人で過ごす日々はどんなものになるのか。ニューベリー賞受賞作『シカゴより恐い町』の続編であり、本作もまたニューベリー賞を受賞した傑作です。不敵で無敵のおばあさんの痛快さと、ごく普通の女の子であるメアリ・アリスの思春期の心情が相まって、楽しくもあり、どこか郷愁をはらんでもいる、愛おしくも爽快な作品です。
アメリカの懐かしい時代の空気を感じとらせてくれる一冊です。この時代のことを良く知りもしないのに、そんなふうに感じてしまうのは、これが「回想」の物語だからかも知れません。あの時、心はどう震えていたのか。リアルタイムではなく、メアリ・アリスの「現在」から語られている過去であるところに味わいがあります。この物語自体が彼女の思い出、なのです。大きな音を嫌がる祖母に隠れて、夜な夜なチューナーを合わせ電波をつかまえて、彼女が聞く当時のラジオの番組名を自分は知らないけれど、こんな田舎町の夜に、ひとり「世界に耳を傾けていた」気持ちを思うと、なんだかグッときます。気になる男の子と交わした言葉や、ささやかに嬉しかったことなど、心に残った出来事がクリップされている。そんな感覚がつなぎ留められていることが懐かしさにつながるのかも知れません。メアリ・アリスの目を通して、こと細かく語られていく、このイリノイ州の田舎町の風物もまた面白いところですが、結局のところ、彼女は「馴れ」はするのだけれど、ここに馴染めないままというスタンスも興味深いところでした。一人で知らない田舎町に降りたった、かつての家庭小説のヒロインたちのように、その地域コミュニティに溶け込むわけではないあたりも新機軸です。そんな感じも等身大で良かったな。
このシリーズといえば、やはり、おばあさんの存在感が大きいところです。ぶっきらぼうで、つっけんどんだけれど、ちゃんと状況を把握していて、おばあさんなりの最上の解決策を行使するところがカッコいいのです。粗暴な田舎町の洗礼を受けるメアリ・アリスに『おまえさんのもめごとをいちいち片づけてやることはできないがね、少なくとも互角にスタートを切らせてやることはできるよ』なんて言いながら、驚くべき大胆なアクションを見せつけてくれる。その優しさは、けっして言葉にはされないのだけれど、色々なところで、誰かのために、さりげなく発揮されているのです。この田舎町の人たちの、つまらない見栄や体面を蹴飛ばし、非道には黙っておらず、為すべきことを為す。なんだかきびしくて怖い人ではあるんだけれど、けっして嫌な人でも、悪い人でもない。そんなおばあさんとおっかなびっくり付き合っているメアリ・スミスが、次第に心の距離を近づけていくあたり、実に素敵な物語です。あえてメアリ・スミスに優しい言葉をかけない優しさ。それに気づいているメアリ・スミスの想いもまた秘められていて、余白のうちに結ばれていくものに感じ入ってしまいますね。前作は本作の10年前、続編は本作の20年後と、なんと30年もの歳月が流れるこのシリーズですが、おばあさんが時代を超越して変わらないので、問題なしのオールオッケーなのです。