The true confessions of Charlotte Doyle.
出 版 社: あすなろ書房 著 者: アヴィ 翻 訳 者: 茅野美ど里 発 行 年: 2010年07月 |
< シャーロット・ドイルの告白 紹介と感想>
十三歳の少女、シャーロット・ドイルは殺人の罪で死刑宣告を受けます。刑の執行まで二十四時間の猶予しかなく、待っているのは、船上での縛り首です。良家の子女であるシャーロットが、何故、そんな大変なことになってしまったのか。物語はここに至るまでの経緯を彼女の主観で語ります。1832年6月。シャーロットはひとり、イギリスのリバプールから船に乗り、家族の待つアメリカのロードアイランド州へと渡航しようとしていました。綿製品の会社に勤める父の昇進による転勤で家族は先にアメリカへ引っ越しましたが、シャーロットは学期を終えるまでイギリスに残っていたのです。父が予約してくれた船に乗り込んだシャーロットは、早速、不穏な空気を感じます。もともと積み荷を運ぶ船に同乗しているとはいうものの、どうしたわけか、同行する予定であった他の乗客たちの都合が悪くなり、彼女ひとりが、乗務員たちだけの船で旅立つことになったのです。綺麗なドレスに、ボンネットのスカートをはいたお嬢様育ちのシャーロットが、下賤な荒くれ男たちばかりの船で一月以上の旅を続ける。不安を抱く彼女の救いとなったのはジャガリー船長です。自分の父親のような立派な紳士であるジャガリー船長を、シャーロットはすっかり信用します。かくして、ネズミやゴキブリも出る不衛生で狭い船室で過ごすお嬢様の船旅が始まります。不穏な空気の正体は次第にはっきりと姿を現し、やがて、シャーロットは孤立無援の海上で絶体絶命の窮地に立たされることになります。どうして、そんなことになったのか。胸踊る海洋ロマンであり、少女の成長物語でもある、極上のエンターテインメント。ニューベリー賞、オナー受賞作。1999年に偕成社から刊行されたものの再刊ですが、ドラマチックな表紙やイラストにも雰囲気があり、付録の用語解説なども楽しく、なんだかワクワクさせられる作りの一冊です。
乗船して早々にシャーロットは、乗務員たちからこの船に乗るべきでじゃないと忠告されます。何故、そんなことを言われるのかわからないまま、シャーロットが抱いたのは、身分の低い乗務員たちに意見されることへの反感です。親しげに接してくる料理番の黒人、ザラカイアにも不愉快を感じるシャーロット。彼女は自分が高い階級にいるのだと自負していました。だから、乗務員たちに厳格に接するジャガリー船長の態度を立派だとさえ思い、その存在に安堵していたのです。ところが、船長と乗務員たちとの関係が、憎悪に満ちた一触触発の状態であることをシャーロットは知ることになります。乗務員をこれまで非情なまでに酷使してきた船長は、恨みを買っており、この航海はあらかじめ船長への復讐の場になるはずだったのです。乗務員たちの企みに気づいたシャーロットは船長に密告しますが、そのことで、残忍な船長の本性を知ることになります。乗務員を同じ人間と思わない船長の手酷い仕打ちで、反乱分子は粛正されますが、立場を失ったのはシャーロットです。乗務員たちからは密告者と思われ、船長からは乗務員を人道的にかばったために、その庇護を失ったシャーロット。船上で孤立した彼女は、この苦難を乗り越えて、無事、家族のもとに帰ることはできるのでしょうか。
乗務員を同じ人間と思わなかったのは、シャーロットも同じです。自分は彼らとは違う階級であり、つきあうべき存在ではないと考えていたのです。船長の正体を知り、彼女なりに考えていた正義が崩壊します。船での、そして、人としての立場を失った彼女は、その罪悪感と後悔から、決意をします。ドレスを脱ぎ捨て、船員服を身につけ、船長のために失われた乗務員の穴を埋めるために、船員志願をするのです。恐怖を克服して帆に登り、厳しい当直(ワッチ)をこなしていくシャーロット。さらに船はハリケーンの脅威にさらされ、またシャーロットを陥れる恐ろしい陰謀に遭遇することとなるのです。とまあ、かなり、物語めく物語です。お嬢様育ちのシャーロットが船員暮らしの中で、荒くれ者の乗務員たちと心を通わせていきます。それは、シャーロットの階級意識を大きく変革してしまうのです。物語の「正義」が大いに転変して、主人公の世界観を変えてしまう。殺人の罪に問われたというシャーロットの告白から始まる衝撃の冒頭から、世界観を転換させたシャーロットの新しい未来が広がっていく驚くべきエンディングまで、息をつかせぬ展開です。単なるサスペンスではなく、またお嬢様育ちの女の子が船員になるロマンだけでもなく、この時代の良識を真の正義で覆す力強さもまた魅力の一冊です。まあ、荒唐無稽といえないこともないのだけれど、最期までノッて読めれば、読書の快感を得られる作品だと思います。